「第1回:『食の環境問題』の現在地」はこちら>
「第2回:『食のイノベーション』を育む土壌づくり」
「第3回:農業と漁業を『再発明』する」はこちら>
ステークホルダー間のコンフリクトをどう抑えるか
横林
冒頭でお二人から、温室効果ガスの排出に加え、食料を生産するための土地の不足やフードロスの増加など、食にまつわるさまざまな環境問題が顕在化しているというお話をいただきました。問題の解決に取り組むために、わたしたちには何ができるのでしょうか。
谷崎
冒頭にも申し上げたように、わたしたちが普段とっている食事をこのまま続けていくだけで環境問題は深刻化していきます。それを食い止めるには消費者一人ひとりが毎食、環境に負担をかけない食事を心がける必要がありますが、一方で食生活の豊かさが失われていくことにもつながりかねません。環境に配慮しつつ食文化を守り続けるためには、消費者だけでなく行政、生産者、食品メーカー、食品提供者という多様なステークホルダーのアクションが欠かせません。
ただ、実際にアクションを起こすに当たっては、どうしてもステークホルダー間で何らかのコンフリクト(摩擦)が生じてしまいます。例えば、小売業が消費者に対して大豆ミートという食肉の新たな選択肢を提示できたとしても、消費者にとっては食べる前に湯戻ししたり水切りしたりといった新たな手間がかかってしまいます。あるいは飲食店にとって、まだまだ生産コストが高い代替肉を継続的に受け入れることは難しいでしょう。また、アメリカでは、行政と食品メーカーが代替肉の表記方法を巡り訴訟問題に発展するというコンフリクトが実際に発生しています。
社会インフラを支える日立としては、テクノロジーによって、フードロスをはじめとするフード・バリュー・チェーンの無駄を削減したり、大豆や昆虫由来の食材の開発期間を短縮したりするというアプローチで、ステークホルダー間のコンフリクトを最小限にとどめたいと考えています。さまざまなステークホルダーが歩み寄り、環境問題の解決と食文化の豊かさを両立する。そんな将来像を描いています。
マルチステークホルダーの共創を促すプラットフォーム「EIT Food」
ピーダーセン
EUでは、マルチステークホルダーで社会課題の解決に取り組めるよう、さまざまなプラットフォームが用意されています。その1つが、R&Dを促進する欧州イノベーション・技術機構(EIT)です。EITでは近年、食に関わる6つのフィールド「タンパク質の多様化」「サーキュラー・フードシステム」「デジタルトレーサビリティ」「持続可能な農業」「持続可能な養殖」「パーソナライズされた栄養」において、食と農のイノベーションを推し進めています。
EIT は今、世界最大級の食品イノベーションコミュニティ「EIT Food」を運営しています。個人からベンチャー、大手企業に至るまでさまざまなステークホルダーが、研究開発プログラムに応募して助成金を得たり、コミュニティ内で共創したりといった取り組みを通じて、EU内の食のイノベーションを加速しています。日本でも、EITのようにさまざまなステークホルダーが参画できるイノベーション促進の緩い枠組みが必要です。
日系企業の社員×海外の次世代イノベーター
横林
多様な業界を巻き込んだ食のイノベーション創生活動は、日本でも始まっています。ピーダーセンさんが代表理事をされているNPO法人NELISのプロジェクト「4Revs-共創のエコシステム」がまさにその1つかと思います。
ピーダーセン
そうですね。4Revsは4 Revolutionsの略でして、「食料と農業、水資源、資源・サーキュラー・生態系、エネルギー・気候変動という4つの領域において革命的なイノベーションが必要とされている」という意味を込め、2020年に始動しました。日本のイノベーション・エコシステムとなるべく、日系企業の社員と海外の次世代イノベーターによる共創を促すプラットフォームとして機能しています。その中で、食と農業において世界各地からイノベーションのシーズを集めて活動しています。
4Revsで重視している「Global by Design」の視点は、日本の産業にとって非常に大きな意味を持つものです。4Revsは当初からグローバルをフィールドにシーズを発掘してきました。各大陸にプログラムマネージャーを配置し、その下にリサーチャーを配属させることで、つねに世界中からシーズを収集しています。現在日立を含む26社から340名ほどの社員の方々が参画し、イノベーションを創出しようと共創に励んでいます。(第3回へつづく)
関連リンク Linking Society
■プログラム1
「食を取り巻く環境問題」
■プログラム2
「テクノロジーで切り拓く食の未来」
■プログラム3
「これからの食の豊かさへの物差し」
ピーター・D・ピーダーセン(Peter David Pedersen)
NPO法人NELIS代表理事
1967年、デンマーク生まれ。コペンハーゲン大学文化人類学部卒業。高校時代に日本に留学したことをきっかけに、のべ30年以上を日本で過ごす。大手企業や大学、経済団体、省庁などのCSR・環境コンサルティングやサステナビリティ戦略支援に従事。現在、若手リーダーを育成するNPO法人NELIS代表理事のほか、大学院大学至善館専任教授、株式会社トランスエージェント会長を務める。著書に『しなやかで強い組織のつくりかた ―21世紀のマネジメント・イノベーション―』(生産性出版,2022年)、『SDGsビジネス戦略-企業と社会が共発展を遂げるための指南書-』(日刊工業新聞社,2019年,共著)ほか多数。
谷崎正明(たにざき まさあき)
日立製作所 研究開発グループ デジタルサービス研究統括本部 デザインセンタ センタ長
1995年に日立製作所に入社後、中央研究所にて地図情報処理技術の研究開発に従事。2006年よりイリノイ大学シカゴ校にて客員研究員。2015年より東京社会イノベーション協創センタ サービスデザイン研究部部長として顧客協創方法論をとりまとめる。2017年より社会イノベーション事業推進本部にてSociety5.0推進および新事業企画に従事したのち、研究開発グループ 中央研究所 企画室室長を経て、2021年4月より現職。
横林夏和(よこばやし かな)
日立製作所 デジタルシステム&サービス統括本部 社会イノベーション事業統括本部 主任
日立製作所に入社後、ITプロダクツの販売戦略立案やパートナービジネスを推進。その後、社会イノベーション事業統括本部にて、スマートシティやヘルスケア関連の新事業開発のほか、コミュニティやステークホルダーとのリレーション強化による社会課題解決型の次世代事業開発に従事している。
Linking Society
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。