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日建設計 石川貴之氏/日立製作所吉野正則・柴田吉隆
欧米を中心に活況を呈している“イノベーションを生むコミュニティ”を日本に根付かせるために、企業にできることは何か。日立の研究開発グループが2022年9月22日に開催した「協創の森ウェビナー」における株式会社日建設計の石川貴之氏と日立の吉野正則、柴田吉隆によるパネルディスカッション、最終回。

「第1回:イノベーション創出への3つのアプローチ」はこちら>
「第2回:コミュニティづくりの本質」はこちら>
「第3回:『未来探索のパートナー』としてのコミュニティづくり」はこちら>
「第4回:コミュニティの根付かせ方」

欧米と日本で異なる、コミュニティの成り立ち

丸山(ナビゲーター)
最後のトピックに参ります。日本の組織や人々の性質を踏まえた上で、「イノベーションを生むコミュニティをどう根付かせていくのか」が、我々日系企業にとって喫緊の課題だと思います。皆さんどんな観点をお持ちでしょうか。

吉野
日本の社会というものはもともと、コミュニティの中にコミュニケーションがありました。先ほど石川さんのお話にあった学研都市の例にしてもそうですが、あるエリアにいろいろな企業が集まったとしても、そもそもその一つひとつがコミュニティであり、それぞれの企業の中でコミュニケーションが閉じている。その状態を保ったまま、日本の産業は発展してきました。

海外の企業には、「コミュニケーションをつないでいけばコミュニティが出来上がる」というマインドがもともと根付いています。SNSの普及を見ても、既存のコミュニティ内でのコミュニケーションに適したLINEが日本では最初に受け入れられた一方、海外で受け入れられたのは、Facebookのようにコミュニティがどんどん拡大していくアプリでした。一口にSNSと言っても、それぞれコミュニケーションのしくみが異なるのです。

画像: 日立 吉野正則

日立 吉野正則

さまざまなSNSが普及した今、日本の若者にも「ブラウザ検索しない」世代が出てきました。わざわざホームページを閲覧しなくても、欲しい情報をある程度収集できることに多くの人が気づき始めています。ここに、日本におけるリビング・ラボをはじめとするコミュニティづくりのヒントが隠されていると思います。

石川
昨年、FCAJ(※)で海外のリビング・ラボのリサーチをしました。欧米のリビング・ラボは、産・官・学・(市)民の連携が上手くできていて、四つ巴で壮大な社会実験に取り組んでいます。官が、地域として取り組むべき課題をセッティングし、そこに学の知見、企業のノウハウ、そして市民の意見を加えることで、課題解決の成果が最終的には市民の幸せ向上へと還元されるようなしくみをつくるという構図です。

※ イノベーションの実践に取り組む企業、自治体、官公庁、大学、NPOなどが相互連携するアライアンス組織。

日本におけるリビング・ラボの事例の多くは、おそらく、地域と言いながらも自発的に集まった問題意識の高い市民の方々による活動が中心で、行政の関与が薄いものになってしまっているのではないでしょうか。官がきちんとコミットしていくことで本当の官民連携が生まれれば、欧米に匹敵するリビングラボによる課題解決の取り組みが生まれると思うのです。

画像: 日建設計 石川貴之氏

日建設計 石川貴之氏

魚屋とダイバーシティ

吉野
欧米が上手で日本が下手ということではないのですが、石川さんのお話にあった「Takeよりも先にGiveがある」というスタンスを日本のコミュニティづくりでは意識する必要があります。ステークホルダーが発信するコミュニケーションそのものがGiveである状態をつくるには、先ほども申し上げたように「Giveすること自体が幸せだ」と思える利他的なマインドが欠かせません。まずは、リビング・ラボのような場をクリエイトする立場の方々自身がそのマインドセットを身につけて、もう一段ステップアップしていかなくてはいけないのだと思います。

丸山
「情けは人のためならず」でかつて日本各地の商店街が成り立っていたように、決して日本に根付かないわけではない、と。ネットワークへの親和性がより高い若い世代なら、さらに高度なリビング・ラボを実践できるかもしれませんね。

画像: ナビゲーターの日立 丸山幸伸

ナビゲーターの日立 丸山幸伸

吉野
そうですね。地域の成り立ちにしても、もともと日本のまちにはさまざまな機能が混在していました。商店街や住宅や学校が同じエリアに共存しているのが当たり前だったところに、「ここは働くところ、ここは住むところ、ここは商業区」というように機能ごとに分けてまちをつくった結果、いつしかわたしたちは、学校に通う道で魚屋に出会わなくなりました。ある意味、そういったまちづくりのスタンスが土地のダイバーシティを阻害してきたとも言えます。

「越境デザイン」の可能性

柴田
日本の学校って、業者ではなく生徒が教室の掃除をするじゃないですか。この感覚をうまく育てていけないかなと。つまり、共有の場を自分たちでケアして大事にしていく。単に効率重視で役割を分担するのではなく、一人ひとりの役割がちょっとずつ重複している状態をつくる。そうすることで、学校以外の場所に行ったときに、掃除をしている人に思いを馳せられるようになる。ただ、石川さんの学研都市のお話のように、学校という空間でコミュニケーションが閉じてしまっている。それをどこまで外部に向けて広げていけるのかが課題だと思います。わたしたち日立の関心領域で言うと、エネルギーや交通といったインフラをどうやってみんなで担っていくかという話にも通じます。 

コミュニケーションをどの程度の規模まで広げていけるのかについても、議論が必要です。SNSのようなITでのコミュニケーションを、コミュニティにどう織り交ぜるか。地域のインフラをみんなで担っていくために適切なコミュニティの大きさとはどのようなものか。それを探っていくことで、日本独自のコミュニティづくりのあり方が見えてくるのではないでしょうか。

画像: 日立 柴田吉隆

日立 柴田吉隆

吉野
わたしが北海道大学で取り組んでいる活動の1つに、地域に学びの場をつくるというものがあります。学校でも家庭でも学べないようなことを、地域の人々が学び直せる場をつくることで、例えばそのまちの歴史や住民自らの手で作り上げた地図、あるいは「柴田さんちのカレーのレシピ」のような個人的なノウハウなどを残していく。まちという空間を活かして新しい学びの拠点をつくれたらと思っています。もちろん大変なことですが、その辺りは都市開発のプロの方に設計いただければと思うのですが、いかがでしょうか。

石川
わたしが担当しているNIKKEN ACTIVITY DESIGN Lab.では、「越境デザイン」を活動のコンセプトに取り組んでいます。それこそ役割でセグメントされたものを横串で捉え直したり、既存の枠からちょっとだけはみ出ていくところにデザインの妙味を見出したりと、新しいアクティビティを生むことにチャレンジしています。まさに今お話しされたような場をデザインするときには、この「越境」というコンセプトが非常に大事になってきます。人に対しても、行動に対してもそういう捉え方をすることで、丁寧に空間や場をデザインすることがこれからの社会で非常に大切になると改めて感じています。

吉野
「越境デザイン」。魅力的なワードですね。

丸山
今日はそれぞれのお立場から「越境」して来られた3名の方々にお話しいただきました。今回のテーマである「社会イノベーションとコミュニティ」は、「社会イノベーションという難しいことをみんなで力を合わせてやりましょう」という非常にシンプルなことではありますが、そこにはマインドセットなりこれまで培ってきた文化なり、これからつくっていかなくてはいけない文化なりと、さまざまな要素が含まれています。本日の議論を通じて、その一端が見えてきたかなと思います。皆さん、ありがとうございました。

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画像1: 社会イノベーションとコミュニティ
【その4】コミュニティの根付かせ方

石川貴之(いしかわ たかゆき)
株式会社日建設計 執行役員/新領域開拓部門 イノベーションデザイングループ プリンシパル/新領域ラボグループ プリンシパル

1987年、日建設計に入社。専門は都市計画。入社以来、施設企画から大規模開発まで幅広く建築と都市に関する業務を担当。2004年から東アジアを中心に都市デザイン業務を担当したのち、2008年に日建設計総合研究所に転籍。2009年から2年間、日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)に出向し、政策提言活動に携わる。近年は郊外再生まちづくりのほか、インフラシステムの海外展開業務でスマートシティやTOD(公共交通主導型都市開発)の案件組成を支援。筑波大学客員教授、日本都市計画家協会正会員。一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)理事。

画像2: 社会イノベーションとコミュニティ
【その4】コミュニティの根付かせ方

吉野正則(よしの まさのり)
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ シニアプロジェクトマネージャ
北海道大学 社会・地域創発本部 本部長/COI,COI-NEXT拠点長/特任教授
エミプラスラボ合同会社 代表

1980年、日立製作所に入社。アメリカ駐在を経て、Audio/Visualの商品企画、マーケティング、事業企画を担当。また、インフラやヘルスケアなどの新事業創出事業を推進した。2015年、文部科学省/国立研究開発法人 科学技術振興機構の北海道大学COI「食と健康の達人」拠点長に就任。2016年、日立北大ラボ 初代ラボ長に就任。2021年からCOI-NEXT(共創の場)で「こころとカラダのライフデザイン」プロジェクトリーダーを務めている。

画像3: 社会イノベーションとコミュニティ
【その4】コミュニティの根付かせ方

柴田吉隆(しばた よしたか)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 主管デザイナー

1999年、日立製作所に入社。ATMなどのプロダクトデザインを担当したのち、デジタルサイネージや交通系ICカードを用いたサービスの開発を担当。2009年からは、顧客協創スタイルによる業務改革に従事。その後、サービスデザイン領域を立ち上げ、現在はデザイン的アプローチで形成したビジョンによって社会イノベーションのあり方を考察する、ビジョンデザインを推進している。

画像4: 社会イノベーションとコミュニティ
【その4】コミュニティの根付かせ方

ナビゲーター 丸山幸伸(まるやま ゆきのぶ)
日立製作所 研究開発グループ 社会イノベーション協創センタ 主管デザイン長

日立製作所に入社後、プロダクトデザインを担当。2001年に日立ヒューマンインタラクションラボ(HHIL)、2010年にビジョンデザイン研究の分野を立ち上げ、2016年に英国オフィス Experience Design Lab.ラボ長。帰国後はロボット・AI、デジタルシティのサービスデザインを経て、日立グローバルライフソリューションズ㈱に出向しビジョン駆動型商品開発戦略の導入をリード。デザイン方法論開発、人材教育にも従事。2020年より現職。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授。

Linking Society

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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