Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

「第1回:ギバー、テイカー、マッチャ―。」
「第2回:時間的な鷹揚さ。」はこちら>
「第3回:自己利益と他者利益。」はこちら>
「第4回:ギバーへの道のり。」はこちら>
「第5回:寿司とマフィアとビートルズ。」はこちら>

※本記事は、2022年3月9日時点で書かれた内容となっています。

2014年に、僕が監訳した『GIVE & TAKE』* という本が出版されました。原書を読んで、とてもいい本だと思いました。『GIVE & TAKE』というタイトルからして「情けは人のためならず」という話なのかなと思って読んでみると、その通りの内容です。言われてみれば当たり前の話が書かれているわけですが、この本の面白さはロジックにあります。
*『GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代』

著者のアダム・グラントは組織心理学の気鋭の研究者です。この本には彼自身の研究成果も含めた心理学のさまざまな知見がたっぷりと詰まっています。そのベースにあるのが、人間の行動様式の3類型です。第一がギバー(GIVER)、与える人。第二がテイカー(TAKER)、受けとる人。で、第三がマッチャー(MATCHER)、ギブとテイクのバランスをとる人。

字面だけだと誤解されがちな分類なんですが、ギバーと言っても、ひたすら他者に与えるだけじゃない。テイカーと言っても、人から得ようとするだけじゃない。みんながみんな、与える・得るだけの関係だと、世の中と折り合いがつきません。詐欺師はピュアなテイカー、聖職者はピュアなギバーと言えますが、こういう特殊な職業の人は別にして、ほとんどの人はギブ・アンド・テイクで生きています。要するに、仕事は価値の交換です。その意味ではギブ・アンド・テイクになるのが必然です。

人をギバー、テイカー、マッチャーに分かつものは何か。それはギブ・アンド・テイクに至るロジックの道筋の違いにあります。それぞれのタイプの意図や行動を時間的な奥行きを持って見ないとわかりません。ギブとテイクどちらの行為が先に来るかという、順番の問題と言ってもいい。

たとえテイカーであっても、当然ギブはします。ただ、目的はあくまでもテイクにあります。基本的に自分の利得を極大化しようとする。相手にギブするという行為が成立するのは、自分の利益を獲得する手段としてのみです。裏を返すと、テイクという目的を達成する手段として有効だと思えば、テイカーでも積極的にギブすることもありうる。

ギバーの場合、これとは順番が逆になります。まずギブしようとする。相手のことを考えて、相手に与えるという行動が先行します。その時点では、頭のなかに目的としてのテイクがないというのがギバーのポイントです。にもかかわらず、ギブが自分に返ってくる、つまりテイクすることもあり得る。結果的にギブ・アンド・テイクになる。

テイカーの頭の中にあるのは「テイク・アンド・テイクン」なんです。テイクする過程でテイクン(取られること)が生じるのは仕方ない。これがテイカーの思考と行動です。対してギバーの意識は、「ギブ・アンド・ギブン」。見返りは全然意図していない。でも、まず先に人に与える。結果、図らずもどこからかお返しがやってくる。ギブ・アンド・テイクに至る道筋が違うとはこういうことです。

もちろん、人間関係の損得はお互いに五分と五分であるべきだと考える人もいる。これがマッチャーというタイプです。いつも頭のなかに、貸方・借方に分かれたバランスシートのようなものを持っていて、自分と相手の損得をその都度公平にバランスして帳尻を合わそうとする。「この人にこれだけしてもらったから、わたしも同じぐらいお返ししなきゃな」「これだけしてあげたっていうことは、相手もそれなりに借りを感じてるんじゃないか」みたいな発想です。

ですから、マッチャーにはギブとテイクの間に時間的なズレがあまりない。もしギブが先行すれば、すぐにテイクで補完しようとするでしょう。でも、こういう人はテイカーと違って、テイクばかり先行するのも嫌なんです。もしそう感じると、意識的にギブする。

普通、ギブ・アンド・テイクという言葉を聞いてみんながイメージするのは、ギバーでもテイカーでもなくてマッチャーです。でも『GIVE & TAKE』で論じられている分類では、マッチャーというのはギバーでもテイカーでもない人々ということになる。このロジックがすごく面白いんです。いろいろな人を見てみると、確かにそうだよなと。

この3分類に基づいて考えるとどんなことが見えてくるのか、次回からお話ししていこうと思います。

「第2回:時間的な鷹揚さ。」はこちら>

画像: GIVE&TAKE-その1
ギバー、テイカー、マッチャ―。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

This article is a sponsored article by
''.