「第1回:ギバー、テイカー、マッチャ―。」はこちら>
「第2回:時間的な鷹揚さ。」
「第3回:自己利益と他者利益。」はこちら>
「第4回:ギバーへの道のり。」はこちら>
「第5回:寿司とマフィアとビートルズ。」はこちら>

※本記事は、2022年3月9日時点で書かれた内容となっています。

『GIVE & TAKE』が出版されたあと、僕はいろいろなメディアの取材を受けました。なかでも多く聞かれたのが、「この本にはギバーこそが成功すると書かれています。ギバーであることのメリットは何でしょうか?」「ギバーになるための実践ノウハウは何ですか?」――こういう質問をする人は本書の基本的なロジックを理解していません。

まず、「メリット」という考え方がギバーにフィットしない。「どんないいことがあるのか」というROI(投資対効果)を求めるのは、テイカーもしくはマッチャーの考え方です。たとえメリットがのちに発生したとしても、ギブする時点では、利得を意図していないというのがギバーの特徴です。

ポイントは「ギブとテイクの因果関係がギブの時点で明確ではない」。通常、非常に長い時間を経てギブが返ってくることで、結果としてギブ・アンド・ギブンになる。ギバーの大きな特徴の1つは、時間に関して鷹揚であることです。即効性とか確実性、法則性が好きな人は、もうその時点でギバーじゃない。

『GIVE & TAKE』には「与える人が成功する」と書かれていますが、成功が実際に生じるまでにはすごく時間がかかります。ギブがいつ返ってくるのか。そもそも返ってくるのか、こないのか。そんな期待や意図はギバーにはありません。ギブ・アンド・テイクを取り引きと考えていないのです。事において取り引きは持ち込まない。それが、ギバーのギバーたる所以です。

おそらくテイカーは自分がギブしたことを損得勘定に置き換えますから、細かく頭のなかのノートにつけている。つねに損得のリストがあり、ギブとテイクのバランスをとるために損失(ときには利益)を回収するという行動をとる。一方でギバーのノートに書いてあることは「いい思い出」。さらに重要なこととして、ギバーにギブしてもらった人たちの記憶のノートには、それがものすごく克明に刻まれるでしょう。

要するに、記録か、記憶か。ギバーは記録よりも記憶を重んじます。時間的に非常に緩やかで、ゆったりしている。ギバーにとって恩恵とは、思いがけず来るものです。何かしらの恩恵を受けたときに初めて、「あ、そういえば自分はあのときに、この人に対してこういうことをしたな」と気づく。そういう鷹揚さがギバーにはある。

そう考えると、今の世の中、ギバーが少なくなってきているのを感じます。その理由の1つが、インターネットやスマートフォンに代表されるITの発達です。情報技術の本質は、調べるとすぐに答えが出る、時間を置かずに返事が来るというように、行動とそれに対するリアクションとの間に明確な因果関係を求める点にあります。しかもインスタントな効果を求める。インターネット検索はその典型です。

つまり、人間がもともと持っていた時間的な鷹揚さがITで失われてしまい、放っておく、待つということがだんだん苦手になってきたんじゃないか。ITの発達というのは両義的なものです。世の中を便利にするし、人とのつながりが増えるので、ギバーが増えてくるという面も確かにある。ただ一方で、ゆっくり構えるという鷹揚さを阻害するので、ギバーであることを難しくしている面もある。

こういう本質論は得てして、「言われてみれば当たり前」の結論に至るものです。それでも、やっぱり心のゆとりとか、人間関係で想定される時間軸の長さみたいなものがあらためて必要なんじゃないか。ギバーという概念はそのことを我々に考えさせます。

「第3回:自己利益と他者利益。」はこちら>

画像: GIVE&TAKE-その2
時間的な鷹揚さ。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

GIVE & TAKE「与える人」こそ成功する時代

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

This article is a sponsored article by
''.