いよいよ本連載の最終回後編では、官営企業の払い下げ問題に力を注いだ佐々木高行にスポットを当てる。そして、岩倉使節団が日本近代化への足掛かりをつくり、それを実現しえたのはなぜなのか、最後に考察してみたい。

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「産業近代化を担った明治の群像(後編)」

明治17年に久原庄三郎に払い下げられた小坂鉱山。
(写真提供/小坂町教育委員会)

硬骨漢の佐々木高行 払い下げ計画に尽力

司法省の理事官として参加した佐々木高行は、土佐藩士、勤王派で藩主山内容堂の信任も厚く、大政奉還にも働いた重役クラスの武士だった。王政復古時には外国方として長崎におり、幕府の奉行河津伊豆守が公金を持って船で逃亡しようとしたとき、海援隊を率いて薩摩の松方正義らとで取り押さえ新政府への政権移行をスムーズに成し遂げたという豪の者である。その後、中央政府に召されて大混乱のさなか困難な刑法業務に携わって功績を挙げ、明治3年には土佐初の参議に任ぜられた人物である。同行のメンバーの内では、岩倉具視、大久保と並んで保守派の棟梁といわれ、伊藤らの開明派とよく論争をした論客でもあった。

帰国後は左院、元老院など公議機関に身を置くことが多く、漸進的開化をめざして活動したが、天皇親政への思いが強く明治天皇の侍補となって尽力した。しかし、明治14年の政変を契機に伊藤が宰相的な地位に就くと、佐々木は工部省の卿を命ぜられて主として官営事業の払い下げ問題に取り組むことになった。

なぜ、佐々木に白羽の矢が立ったのかといえば、この仕事は利権がらみで汚職につながる恐れがあったため、清廉潔白の硬骨漢が選ばれたものと推察される。実際、佐々木は明治18年まで4年間にわたりこの業務に精励し、以下のように大きな仕事を次々とやってのけた。それを一覧表にして示せば下記のとおりである(「官営物払い下げ年次表」参照)。

佐々木は、明治16年に意見書を提出、その中で次のようにいっている。「官営では規則に縛られ商業に通じない官僚が担当するために利益が少ない」。そこで「事業を整理統合して不要な局は他省に移管し、工部省は道路・港湾など土木事業に絞る」と主張している。

省内の人事では工部大輔に鉄道事業のパイオニア井上勝、書記官長に岩倉使節団の随行者で鉄道にも詳しい安川繁成を配し、井上構想の鉄道事業を推進していく。

佐々木は正義漢と勤倹体質を買われての就任であろうか、その趣旨をよく貫き「官営の非効率性と商人の癒着を批判し、大規模な土木事業は国の運営にすべきだ」と具申した。政府が聞き置く程度の状況だと、構わず自らの考えで事を進めていった。当初、長州系の芳川顕正が少輔にいて仕事がやりにくかったが、途中から人事の刷新を図って佐々木が主導権を握って行われたという。この払い下げ計画は政府の財政難もあり佐々木の熱意とも相まって順次遂行された。

明治18年に内閣制度の確立により、工部省は解散、電信は郵便とともに逓信省へ、農業と商業は新たに設置された農商務省の管轄となり、鉄道は内閣直属の組織となった。

画像1: 【第6回】産業近代化を担った明治の群像(後編)
画像2: 【第6回】産業近代化を担った明治の群像(後編)

水路、発電所、電気鉄道、電灯設備など、鉱山と町の近代化に小平浪平ら若い技術者が力を注いだ。(写真提供/小坂町教育委員会)

払い下げ年払い請け人
<鉱山>
高島炭鉱明治 7年後藤象二郎(14年3月より三菱)
釜石鉄山16年久原庄三郎
同仁銅山17年古河市兵衛
大葛銅山18年阿部 潜
院内銀山18年古河市兵衛
三池炭鉱19年佐々木名義(23年より三井)
幌内炭鉱22年北海道炭鉱鉄道会社
佐渡金山29年三菱合資会社
生野銀山29年三菱合資会社
<造船>
石川島播磨造船所明治9年平野富二、植木嘉助
兵庫造船所19年川崎正蔵
長崎造船所20年三菱(ただし17年以来三菱借り受け)
<化学工業>
深川セメント製造所17年浅野(ただし16年より浅野借り受け)
品川硝子製造所18年西村勝三など
<繊維工業>
広島紡績所15年広島県、さらに広島綿紡績会社へ譲渡
愛知紡績所19年篠田直方
新町紡績所20年三井
富岡製糸所26年三井
官営物払い下げ年次表

(出典:高橋亀吉『日本近代経済形成史』第二巻)

画像: 明治5年に操業が開始された富岡製糸所。当時の製糸工場としては世界最大規模を誇った。 (絵葉書「原 富岡製絲所全景/明治41年頃」 画像提供/富岡市)

明治5年に操業が開始された富岡製糸所。当時の製糸工場としては世界最大規模を誇った。
(絵葉書「原 富岡製絲所全景/明治41年頃」 画像提供/富岡市)

佐々木高行の肖像。
(『近世名士写真.其1』 国立国会図書館デジタルコレクションより)

人と時代が彩る 産業近代化の懸け橋

明治日本はなぜ、このようなスピードで産業を近代化させえたのか。

また、太平洋戦争では大敗北を喫し亡国寸前までいきながら、大変なスピードで経済の再建と発展を成し遂げ、40年ばかりで米国に次ぐ世界第二位の経済大国にまでなり上がったのか。それは一体なぜなのか。

誰しもが抱く疑問であり、とりわけ世界中の後発国、開発途上国が抱く大疑問である。

それに明快に応えるすばらしい著作が刊行された。東京大学名誉教授の北岡伸一氏の『明治維新の意味』(新潮選書)である。北岡氏は国連大使を務めたあと国際協力機構(JICA)の理事長を務めている体験から次のように書いている。

「多くの途上国にとって、非西洋から先進国となり、伝統と近代を両立させている日本という国は、まぶしいような凄い国なのである。いつか日本のような国になりたいと思っている国は数多いのである」と。

そして、なぜそれができたかの答えを「明治維新における日本の近代化」に見いだし、「岩倉使節団の派遣」も取り上げて、こう述べる。

「明治維新以来の政治でもっとも驚くべきことは、日本が直面した最重要課題に政治が取り組み、ベストの人材を起用して、驚くべきスピードで決定と実行を進めていることである」と。

それは政治だけでなく経済産業面についても同様であり、また明治期だけでなく戦後についても同様であると私は思うのである。

本シリーズでの群像を顧みれば、明治における近代化の懸け橋については3つのことがいえるだろう。第一には、岩倉使節団のようなトップリーダー自らが調査隊に加わったこと。そして同時並行的に中堅の官僚や若い留学生を多数派遣したこと。第二は、高給を払ってでも外国人教師を招いたこと(戦後の途上国では先進国の援助で雇っている)。第三には、教育システムを整備して、それを国民一般に広く行き渡らせたことである。先行して学んだ日本人は、それを同僚・後輩によく伝え、青少年たちに教えたことである。それが日本人の才能を活性化し、「日本力」ともいうべき国民的な力を育んだのだと思う。

このシリーズでは岩倉使節団の群像に焦点を絞ったけれど、現実にはそれ以外も多くの人が海外視察に出かけ、お雇い外国人から学び、あるいは先輩に導かれて人材に成長していったのである。それは経済産業界の巨人たち、傑物たちを見ればおのずから明快だろう。その典型は渋沢栄一であり、岩崎弥太郎・弥之助であり、益田孝や五代友厚や大倉喜八郎であり、安田善次郎であった。政治家にも大隈重信や井上馨のような実業界と両生類のような存在があり、出自を問わず、大実業家となった古河市兵衛、川崎正蔵、藤田伝三郎、浅野総一郎などもいる。そして、知られざる素晴らしい技術者や実践者が多くいたことを認識すべきである。

日本人は才能があり、志を高くもてばすごい力を発揮するのだ。現代においても、危機感を抱き問題意識を抱けば、必ずやすばらしい仕事をやってくれると期待したい。

歴史にはその手本になるような人物があまた存在している。その伝記類は必ずや貴重な知恵と勇気を与えてくれると思う。そのことを申し上げて終わりにしたい。

画像: 150年前、岩倉使節団が欧米へと旅立った横浜港・象の鼻地区にモニュメントはある。 (撮影協力/横浜市教育委員会)

150年前、岩倉使節団が欧米へと旅立った横浜港・象の鼻地区にモニュメントはある。
(撮影協力/横浜市教育委員会)

※「岩倉使節団が遺したもの―日本近代化への懸け橋」の連載は今号をもって終了となりますが、泉三郎氏が代表を務める「米欧亜回覧の会」では、岩倉使節団に参加した先人たちの足跡や偉業について考察を重ね、その詳細なデータベースを構築しています。また、今年は「岩倉使節団派遣から150年」になるので、それを記念して年間を通じてセミナーやシンポジウムを開催しています。関心のある方は「米欧亜回覧の会」のHPをご参照ください。

http://www.iwakura-mission.gr.jp

画像3: 【第6回】産業近代化を担った明治の群像(後編)

泉 三郎(いずみ・さぶろう)
「米欧亜回覧の会」理事長。1976年から岩倉使節団の足跡をフォローし、約8年で主なルートを辿り終える。主な著書に、『岩倉使節団の群像 日本近代化のパイオニア』(ミネルヴァ書房、共著・編)、『岩倉使節団という冒険』(文春新書)、『岩倉使節団―誇り高き男たちの物語』(祥伝社)、『米欧回覧百二十年の旅』上下二巻(図書出版社)ほか。

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