今回も引き続き、日本の国の形をつくった群像に迫ってみたい。前編では、金融や税制など、経済的側面から八面六臂の活躍をした吉原重俊(よしはら・しげとし)と自由民権運動から身を転じ、多くの企業の立ち上げに参画した実業家益田克徳(ますだ・かつのり)、小室信夫(こむろ・しのぶ)の二人を紹介しよう。

「産業近代化を担った明治の群像(前編)」
「産業近代化を担った明治の群像(後編)」はこちら>

画像: 今もその姿を留める日本銀行本館は辰野金吾が設計し、明治29年に完成した。 (『明治大正建築写真聚覧』 国立国会図書館デジタルコレクションより)

今もその姿を留める日本銀行本館は辰野金吾が設計し、明治29年に完成した。
(『明治大正建築写真聚覧』 国立国会図書館デジタルコレクションより)

吉原重俊の多彩な活動 日銀の初代総裁へ

薩摩藩士の吉原重俊は、明治3年、藩の派遣留学生として米国のイエール大学在学中に、大山巌らの普仏戦争観戦武官団の通訳としてスカウトされヨーロッパに赴いた。その後フランクフルトのナウマン社に紙幣印刷の監督官として滞在中、岩倉使節団を手伝うためにワシントンに戻され、そのまま使節団の随員として三等書記官となる。そして条約改正の委任状を取りに帰国する大久保利通と伊藤博文に随行して東京・ワシントン間を往復する。

使節団には英国まで随行するが、ロンドンに残って多方面にわたる調査の仕事に就き、さらには英語ができて外交と経済に通じている人材は貴重なため、次々と起こる問題処理のために引っ張りだこの状況が続く。その東奔西走の仕事ぶりは目覚ましいばかりだ。明治6年の政変後は大久保に指名されて吉田清成とともに「立憲政体に関する建言書」の作成に従事し、その後、大蔵省の所属となり租税助と横浜税関長を兼任した。さらに地租改正事業に局長として従事、7年かけてそれを成し遂げた。そして明治10年からは内務卿の松方正義について西南戦争後のインフレ対策に挑み、松方のフランス・ベルギーの調査視察に同行する。その際、松方はフランスの蔵相レオン・セーと意気投合し、吉原もその傍らにあって多くのことを学んだ。

その後は、大蔵卿となった松方の日本銀行設立に全面協力、富田鐵之助らとともにその創立に邁進し、明治15年、38歳で日本銀行の初代総裁になった。大久保、松方という薩摩人脈の絆と豊富なキャリアがそうさせたものと思われる。総裁時代には、維新以来の懸案の問題、不換紙幣の回収、日本銀行発行の兌換紙幣との交換、近代的な手形・小切手の流通促進などを図った。明治18年には10か月半にわたり欧米を回覧、銀行制度の調査と外資導入の緒をつくったが、その過労がたたったのか42歳の若さで急逝する。

日本銀行の設立と金融システムの整備は産業の血液の循環器といってよく、この仕事がその後の日本経済の急速な近代化の礎になったことは明らかである。それは日本近代化のパイオニアたちの壮烈な戦死といってもよかった。

画像: 日本銀行開業当時(明治15年)の建物は、ジョサイア・コンドルが設計した。 (『明治大正建築写真聚覧』 国立国会図書館デジタルコレクションより)

日本銀行開業当時(明治15年)の建物は、ジョサイア・コンドルが設計した。
(『明治大正建築写真聚覧』 国立国会図書館デジタルコレクションより)

日本銀行の初代総裁、吉原重俊

益田克徳、小室信夫 実業家への転身

益田克徳は、三井物産の創業社長になる益田孝の3歳下の実弟である。父は幕臣、英語とソロバンに長じていたことが、兄弟の将来を決める。克徳も子どものころから英語を習った。使節団に司法省から派遣され、帰国後は判事、一時期は沼間守一らと自由民権運動に熱心に携わったが、明治14年政変以降、渋沢栄一、岩崎弥太郎らの引きで実業界に転じ、東京海上火災保険の設立に関わり長く支配人を務めた。東京米穀取引所の所長、王子製紙、日本煉瓦、日本帽子などの経営に関与している。

左院から使節団に加わった小室信夫もまた、民権運動から実業の世界に身を置いた一人である。京都与謝郡の豪商の一族で山家屋の京都支店の主任を務めるころ、尊王攘夷運動にのめり込み、足利将軍木像梟首(きょうしゅ)事件にも絡んで、京都守護職に追われる身となり、転々と逃げ回り徳島の蜂須賀藩の牢獄に5年間幽閉される。維新とともに許されて徳島藩士待遇で中央政府に出仕、福島県の参事になり藩行政の改革に尽力した。

欧州派遣時はとくに英国で立憲政治について学ぶ。帰国後は官を辞し、板垣退助、後藤象二郎らに誘われて「民選議院設立建白書」の起草に関わり、自由民権運動に傾倒していく。

しかし、明治14年政変後、実業界に入り、北海道運輸の設立、共同運輸の設立に関わり、日本郵船の誕生の主要な役割を担っている。さらに、百三十銀行、奥羽鉄道、京都鉄道などの起業に絡み、重役や社長を務めている。(後編へつづく)

画像: 明治期の王子製紙会社。渋沢栄一が創業し、益田克徳らが経営に関わった。 (『東京盛閣図録』 国立国会図書館デジタルコレクションより)

明治期の王子製紙会社。渋沢栄一が創業し、益田克徳らが経営に関わった。
(『東京盛閣図録』 国立国会図書館デジタルコレクションより)

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画像: 【第6回】産業近代化を担った明治の群像(前編)

泉 三郎(いずみ・さぶろう)
「米欧亜回覧の会」理事長。1976年から岩倉使節団の足跡をフォローし、約8年で主なルートを辿り終える。主な著書に、『岩倉使節団の群像 日本近代化のパイオニア』(ミネルヴァ書房、共著・編)、『岩倉使節団という冒険』(文春新書)、『岩倉使節団―誇り高き男たちの物語』(祥伝社)、『米欧回覧百二十年の旅』上下二巻(図書出版社)ほか。

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※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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