川村 隆 株式会社 日立製作所 名誉会長/山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
読書好きで知られる川村名誉会長は、特に文学のジャンルを好んで読んできたという。山口氏は文学に通底する「もののあはれ」を知ることがリーダーの人間性を養うのではないかと考察する。

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「第4回:専門分野以外の学びが人間性を養う」
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哲学・文学とDXの関係

山口
川村さんは読書好きを公言され、ご著書にも神谷美恵子さんの訳されたマルクス・アウレリウスの『自省録』にまつわるエピソードをはじめ、スタンダールやドストエフスキー、孔孟老荘から藤沢周平までさまざまな書籍のことを書かれています。古今東西の名著に親しむということは、帝王学のような全人格的な教育においても重視されていますけれど、川村さんのリーダーシップに、読書の学びはどのような形でつながっているのでしょうか。

川村
直接的に仕事とつながったということで言えば、幕末の儒学者、佐藤一斎の『言志四録』などは、人生の書としてだけでなく仕事の書としても生かしてきました。特に「沈む巨艦」を率いたときには、その一言一句を肝に銘じながら仕事をしていました。

本を読むこと自体は子どもの頃から好きで、『十五少年漂流記』のような冒険ものや『シートン動物記』など、興味の向くままに読みあさっていましたよ。そうして振り返ってみると、趣味の読書では「文学」に心惹かれてきたようです。哲学は人間とは何かを総合的、抽象的に知ろうとするもの、それに対して文学は人生のある断面をスパッと切って描き出すことで、人間とは何かを具体的に教えてくれるものですよね。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』なんて、数日間のできごとをあれだけの長編にしているわけでしょう。読むのも大変だけれど、人物描写に魅力があっておもしろい。トルストイもメリメも藤沢周平も、作品の中に生きた人間の姿が感じられることが文学の魅力ではないかと思います。

山口
理と情で言えば、情のほうですね。

川村
そうですね。おもしろいのは、哲学と文学の対比はデジタルトランスフォーメーション(DX)に通ずるということです。日立は現在、自社とお客さまのDXに力を入れていて、DXを加速するプロダクトやサービス、ソリューションの集合体を「Lumada」と呼んでいます。その中身を見てみると、骨格となる共通部分があり、それをお客さま個別の事情に合わせてカスタマイズして提供している。その共通部分というのはいわば哲学みたいなもので、理のほうです。

山口
ああ、なるほど。

川村
さまざまな実例から共通する要素を選びだしていくプロセスは、人間のあり方を抽象化していく哲学的な思考プロセスと似ているでしょう。一方、そこからサービスを創造していくときにはお客さまの声、めざす姿や使い勝手などを聞いて形にしていく作業が必要になります。これは情のほう、人間の具体を描き出す文学的な思考が必要になります。だから文学なんてビジネスで役に立たないと思われるかもしれないけれど、どこかでつながっているのではないでしょうか。

画像: 哲学・文学とDXの関係

優れたリーダー人財に求められるもの

山口
国学者の本居宣長は『源氏物語』を「この物語、もののあはれを知るよりほかなし」と評しました。この「あはれ」というのは、もともとは感嘆詞ですね。ある人の振る舞いを見て「あぁ、われ」――人間とはこんな度しがたいことをするものなのかとため息をつく。そうした情緒的な心の動きを表す言葉が、人間の悲哀や情趣を表すようになり、それが源氏物語の根底にあるのだと。これは日本文学に限った話ではなく、文学作品というものの底流には、そうした「もののあはれ」があるのではないかと思います。

『カラマーゾフの兄弟』で言えば、お父さんも長男もたいへん困った人で、心の優しい三男坊が苦労する。お金や欲望に翻弄される人間の姿は、読者の複雑な感情を呼び起こすでしょう。ビジネスパーソンとしてリーダーシップが求められる立場からすると、困った人もいてエゴや思いをぶつけてくる。そこをいかに合理的にまとめていくかが問われるわけです。そのためには、おっしゃるように理だけでなく情も必要、哲学と文学が必要ということですよね。リーダーは知識だけでなく人間洞察力というものが必要で、それに文学をはじめとするリベラルアーツや、教養といったものが大きく関わってくるのだと思います。

川村
確かに関係あるでしょうね。その話を聞いて思い出したのですが、外国人の社外取締役を探すとき、外資系の人財紹介会社のお世話になりました。

山口
いわゆるエグゼクティブサーチ会社ですね。私もその業界で働いていたことがあります。

川村
ではご存知でしょうけれど、その会社の言う、優れたリーダー人財に求められる要素というのが興味深いものでした。リーダーは、1990年頃までは固定的、専門的な知識を持っていればよかったのですが、1990年以降は変化に耐える力やボーダーレスであることが求められるようになり、知識や技能といった表面から見える能力だけでなくコンピテンシー、つまり行動特性につながる性格や価値観が重要視されるようになってきた。現在ではさらにVUCAに対応することが必要になっていると言うのですね。

学歴やテストの成績だけでは測れない人間性の部分が重要だということは、私も同感です。これまでの日本企業の人事評価システムでは、なかなかそこを見ることができないのも課題です。ただ評価できるできないにかかわらず、人間性の部分を磨き、育てていくためには、やはり専門分野以外の学び、経験といったことが大事になるのは間違いないでしょう。(第5回へつづく)

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画像1: リーダーに求められる「情」と「理」 経営改革を支えた、本からの学び
その4 専門分野以外の学びが人間性を養う

川村 隆(かわむら・たかし)
1939年北海道生まれ。1962年東京大学工学部電気工学科を卒業後、日立製作所に入社。電力事業部火力技術本部長、日立工場長を経て、1999年副社長に就任。その後、2003年日立ソフトウェアエンジニアリング会長、2007年日立マクセル会長等を歴任したが、日立製作所が過去最大の最終赤字を出した直後の2009年に執行役会長兼社長に就任、日立再生を陣頭指揮した。2010年度に執行役会長として過去最高の最終利益を達成し、2011年より取締役会長。2014年には取締役会長を退任し2016年まで相談役。日本経済団体連合会副会長、日本電気学会会長、みずほフィナンシャルグループ社外取締役、カルビー社外取締役、ニトリホールディングス社外取締役などを務め、2017年~2020年東京電力ホールディングス社外取締役・会長。
著書に『ザ・ラストマン』(KADOKAWA)、『100年企業の改革 私と日立』(日本経済新聞出版)など。最新著は『一俗六仙』(東洋経済新報社)。

画像2: リーダーに求められる「情」と「理」 経営改革を支えた、本からの学び
その4 専門分野以外の学びが人間性を養う

山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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