「第1回:企業の存在意義とは何か」
「第2回:ラストマンの覚悟とリーダーシップ」はこちら>
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現状維持や様子見の空気が漂う日本
山口
本日はお目にかかれて光栄です。仕事柄、以前から企業の人財活用については関心を持って見ておりますが、「沈む巨艦」とも言われた厳しい状況からの見事な復活劇を主導された川村さんには、トップ人事の重要性というものを改めて教えられた思いがしています。
川村さんが日立に入社されたのは、ちょうど高度経済成長期真っ只中の1962年とのことですね。
川村
ええ、所得倍増計画を掲げた池田勇人首相時代で、会社に入って数年ぐらいでほんとうに給料が倍になりました。
山口
ご著書の『一俗六仙』で、最初の自宅を日立市に建てたときはいい時代だったと振り返っておられますね。
川村
今にして思えば、われわれの世代はたいへん恵まれていたと思います。
山口
その後、オイルショック、バブル景気とその崩壊があり、日本企業には厳しい状況が続いています。かつては社会全体が右肩上がりで、どんな会社でもそれなりに成長できていたのが、うまくいく企業とそれ以外にはっきり分かれてきたように感じます。
川村
かつては社会や市場の動向を読むことがそれほど難しくなかったのでしょうね。ある専門領域で少し秀でていればだいたい成長できるというような社会でした。ところが今はVUCA(Volatility,Uncertainty,Complexity,Ambiguity)と言われるぐらいで、社会もビジネスも予測不能で複雑化しています。専門知識だけでは企業をうまく率いることや社会を改革することが難しい時代になったのだと思います。
山口
1989年の東京証券取引所、大納会の日経平均株価終値は3万8,915円87銭と史上最高値をつけ、その年の時価総額世界ランキングでは上位20社のうち半分以上を日本企業が占めていました。日立さんもその一員でした。それが30年あまり経った今では1社もランクインしていないという状況です。
川村さんはご著書の中で、日本のGDP(国内総生産)の伸びが停滞しているのは、個別の企業の利益が伸びていないためであると書かれています。経済の停滞の原因を、政治をはじめとする社会環境に帰する風潮もありますが、結局のところ個々の企業経営の巧拙が重要になるということですね。そうした視点から見て、1990年代以降の企業経営にはどのような問題があったと思われますか。
川村
これは企業だけに限った話ではないと思いますが、過去の成功体験から抜け出せず、現状維持や様子見の空気が漂っているように感じます。例えば職場の雰囲気一つとっても、日本企業には熱意に乏しいところが多い印象です。海外で企業の研究所を訪ねると、「自分はこういう研究をしていて、実用化に成功すれば製品が何パーセント安くなり、世界シェアは何パーセント上がる見込みです」といったことを研究者が熱心に話してくれるなど、事業の成長に対する意気込みを強く感じます。
緊張感を取り戻せ
川村
企業の存在意義は「稼ぐ力」を発揮することにあります。稼いだものを人件費として従業員に渡し、税金として国に納め、株式配当として投資家に配分し、利子として銀行に返す。そして設備投資を行い、ESG(Environment,Social,Governance)投資を行い、残ったごく僅かのものを社内に留保する。そのように稼いだ結果を社会に還元することが企業の役割です。したがって厳しい言い方をすれば、それができない企業に存在価値はありません。近年の企業経営においては、そうした意識が薄れているのではないでしょうか。
山口
川村さんが社長に就任された当時の日立は不本意な業績に甘んじ、まさにその「稼ぐ力」を失っていた状態だったと思われますが、それはなぜでしょうか。
川村
日立は1989年から2009年まで20年間もの間、稼ぐ力を発揮していませんでした。その大きな原因の一つは、私も中にいたのであまり言う資格はないけれど、取締役会と社長以下の執行役との間に齟齬があり、取締役会もあまり物を言わなかったことですね。ただそれは日立だけに限った話ではなく、日本企業のほとんどがそうでした。だからGDP も伸びなかったのです。
企業経営における最高意思決定者は執行役社長ですから、責任は社長にあります。一方、取締役会の役割はその社長を監督・指導することにあります。にもかかわらず取締役の発言力が弱いのは問題であると考え、2012年頃から後任の社長であった中西宏明君と一緒に取締役会の改革にも着手しました。簡単に言うとアメリカ式に変え、「物言う取締役」、つまり総責任者である社長にきちんと意見できる取締役を選任したのです。
彼らからは着任早々、「これだけ優秀な人財を採っていて利益率が3%しかないのはどういうことですか」、「そんな利益率なら企業に投資するより銀行に預けたほうがよっぽどいい。それでは企業としての存在価値がない」と厳しく指摘されました。
山口
そうやって緊張感が生まれることが大切なのですね。
川村
日本全体が30年も成長できないままなのは、みんなでそこそこ仕事をして社会が回るならそれでいい、という緩みがいまだにあちこちに残っているためでしょう。
ただ角度を変えて見れば、高度経済成長は太平洋戦争前後の雌伏期間があったからこそ実現したものであり、今も同様の雌伏期間であるとも言えるかもしれない。このままでは不甲斐ないと多くの企業が考え、稼ぐ力を発揮できるようになれば、日本にもまだ成長の余地はあるはずです。
人口減少社会において現状維持は衰退を意味します。もう一度、成長を実現するためにはこれまで以上に稼ぐことを考えなければなりませんし、そのためにあらゆる面での改革が必要になっています。(第2回へつづく)
川村 隆(かわむら・たかし)
1939年北海道生まれ。1962年東京大学工学部電気工学科を卒業後、日立製作所に入社。電力事業部火力技術本部長、日立工場長を経て、1999年副社長に就任。その後、2003年日立ソフトウェアエンジニアリング会長、2007年日立マクセル会長等を歴任したが、日立製作所が過去最大の最終赤字を出した直後の2009年に執行役会長兼社長に就任、日立再生を陣頭指揮した。2010年度に執行役会長として過去最高の最終利益を達成し、2011年より取締役会長。2014年には取締役会長を退任し2016年まで相談役。日本経済団体連合会副会長、日本電気学会会長、みずほフィナンシャルグループ社外取締役、カルビー社外取締役、ニトリホールディングス社外取締役などを務め、2017年~2020年東京電力ホールディングス社外取締役・会長。
著書に『ザ・ラストマン』(KADOKAWA)、『100年企業の改革 私と日立』(日本経済新聞出版)など。最新著は『一俗六仙』(東洋経済新報社)。
山口 周(やまぐち・しゅう)
1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。
著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)、『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)他多数。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
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