「第1回:婚活に見る獣性。」はこちら>
「第2回:スペックの誤謬。」はこちら>
「第3回:獣性の対極にある『品』。」はこちら>
「第4回:欲望に対する速度。」はこちら>
「第5回:潔さ(いさぎよさ)。」

※本記事は、2021年9月1日時点で書かれた内容となっています。

前回は「欲望に対する速度」という時間軸の話をしました。今回は空間軸の上で品の良さを考えてみたいと思います。

僕は、上品であることの中核には、潔さ(いさぎよさ)があると思っています。空間軸で見ると、何かを取るためには必ず同時に何かを捨てなければなりません。潔いというのは、全部を取ろうとしないということです。何で婚活がせっかちになるのか、欲望に対する速度がマックスになるのかと言えば、やっぱり代案が多過ぎるからだと思います。

何かを取るときには、必ず何かを捨てなくてはならない。現実には「総取り」ということはありません。品がある人というのはこのトレードオフの思考様式がはっきりしています。捨てることについてはもうきっぱりと諦めて、執着しない。それに対して、なりふり構わずの人は全部を手に入れようとします。上品であることは、欲がないということでは全然ない。むしろすごく欲がはっきりとしている。だからこそ、それ以外には無頓着になれる。これが潔さのメカニズムだと考えています。

高峰秀子さんは、昭和の大女優です。大スターで戦前戦後一貫して主役を務めた人ですが、彼女の女優観は、もう監督の道具に徹する。割り当てられた役をやるだけの自分は小道具と同じだと言っていて、スターの座なんていうものには一切頓着していません。当時としては晩婚ですが、30歳で結婚した後は仕事をばんばん減らして、引退。もうやめると決めたら、やめるということなんです。人生の後半は随筆家として、自分の思うような生活を思い通りにして、生活がどんどん簡素になっていく。ご自身でもおっしゃっていたそうですが、自分の家には、自分が気に入らない物はひとつも置いてない。この潔さこそ、品格です。

品がいい大スターで多くの方が思い浮かべるのは、高倉健さんだと思います。高倉健さんは生前、「仕事を選ぶ基準は何ですか」と言われて、「いや、もうそれは二つだけです。ギャラがいいこと、拘束時間が短いこと、以上です」と答えた。これも実に潔い。さまざまな高倉健伝説がありますけれども、本当に死ぬまで私生活は見せませんでした。この徹底して「なり」と「ふり」に構う姿勢こそ、高倉健さんの品格だと思います。

サントリーホールディングの社長の新浪剛史さんが言ったフレーズで、「嫌いなやつから嫌われるのが大好き」というのがあって、僕はこの言葉にも品格を感じます。品がいい人ほど人の目を気にしない。それは全員に好かれることなんてないし、自分は結局自分なので、嫌われる人からはもう嫌われてもいい。これも潔さだと思います。上品な人というのは、欲はあっても空間的に全部のオプションを欲しがりません。

大豪邸を幾つも持つといった行動も下品だと思います。自分が使う物だけでいいじゃない、という潔さがない。高峰秀子さんのように気に入った物だけを使い続けると、その物についての記憶が蓄積してそれが自分にとっての価値になるというのは、本当に上品で上質な生き方です。

人と比較しない、人は人で自分は自分、自分の欲求がゆっくりと満たされればそれでいい。品のある人というのは、ある意味で空間が狭いのだと思います。これをあっさり言うと、「足るを知る」ということです。全部を求めるのではなく、ある程度足りたらそこで満足する。「足るを知る」ことによって、「なり」と「ふり」が生まれる。それが僕の結論です。

余談になりますが、僕の家にいる「蝶」(呼び名は「お蝶さん」)というパピヨンは、犬なので当たり前ですが動物的に振る舞います。彼女は枝豆が好きなので、夏の食卓で枝豆を食べていると、必ず私にも食べさせなさいと主張してくる。仕方がないので枝豆を与えると、がつがつと食べるんです。ところがある程度食べると、もう見向きもしなくなる。お腹がいっぱいになった途端に、足るを知る。この辺、本能むき出しの動物のほうがスカッとしているのかもしれません。「犬だに足るを知る、いわんや人においてをや」ということです。

画像: 「なり」と「ふり」-その5
潔さ(いさぎよさ)。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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