「第1回:婚活に見る獣性。」
「第2回:スペックの誤謬。」はこちら>
「第3回:獣性の対極にある『品』。」はこちら>
「第4回:欲望に対する速度。」はこちら>
「第5回:潔さ(いさぎよさ)。」はこちら>

※本記事は、2021年9月1日時点で書かれた内容となっています。

石神賢介さんという方がお書きになった『57歳で婚活したらすごかった』という本を読みました。57歳の著者が、マッチングアプリや結婚相談所、婚活パーティーといった婚活のシステムを使っていろいろな人と知り合うルポルタージュです。

著者はマッチングアプリで知り合った41歳の女性と実際に会って結構意気投合し、R&Bの来日アーティストのライブに行く約束を取り付けます。高価なチケットを用意し、約束の日が近づいてきたので彼女にLINEで連絡をするのですが、全然返事がない。ある日、「しつこいです。もう連絡しないでください。無理です」というメッセージが来ます。相手の気を悪くするような心当たりはないものの、「失礼しました。もう連絡はさしあげません」というお詫びの連絡を入れます。翌朝、目を覚ました石神さんのスマホには、「連絡すんなって書いてあんの読めないのかよ。老眼鏡つけとけよ。てめーからLINEくるだけでぞっとして不眠になるわ。くそ老人!」――罵倒のメッセージが届くのでした。

本書はこういうドタバタ劇をコメディー風につづっている婚活体験記です。著者の石神さんは本職がライターなので、文章は非常に読みやすく、構成もしっかりしているのですが、男女双方から獣のような欲望があふれ出て混ざり合い、それをぐつぐつと小鍋で煮詰めたような超濃厚なエピソードの連続です。読んでいて眩暈がします。

この本を読み終ってから知ったのですが、石神さんは10年前に『婚活したらすごかった』という本を出しているんです。それに懲りずに57歳でもう1回やってみたのが、僕が最初に読んだ『57歳で婚活したらすごかった』。

キャリア十分の著者の結論は、「タイプはそれぞれ違っていても、出会った女性たちは例外なく現実的だった」ということです。当然結婚は現実的な意思決定ですから、現実的であることはまったく問題ありませんし、むしろそうあるべきです。ただ、問題は現実的過ぎるところにあるというのが僕の感想です。これは民主主義が機能し過ぎるとポピュリズムになるという成り行きと近似しているような気がします。

マッチングアプリの婚活サイトでは、申し込み状況が可視化されています。この数字で超現実的な傾向がはっきりと浮かび上がってきます。男性の場合とにかく高収入であることがまず第一で、次に重要なのが容姿。ただ、年収が先で容姿が後という女性の優先順位は非常にはっきりしていて、ちょっとかっこよくても年収300万だと申し込みは少ない。反対に、容姿がそんなに芳しくなくても、年収1000万以上ならかなりの人気になるという現実がはっきりと可視化される。これは見方を変えれば年収や容姿以外の要素が捨象されてしまうということです。情報量が非常に多いはずのインターネットほど、実は情報が伝わらないというパラドックスが面白い。

一方の男性は、女性の収入はあまり気にしなくて、あくまでも容姿重視、あとは若さだそうです。傾向として奉仕型の女性を求める男性が圧倒的に多いので、女性の側も自分が癒し系であるということを積極的に主張する。女性の挙げるキーワードとして「甘えん坊」とか「古風」というのに男は弱い。

要するに、令和の時代になっても、男と女の平均的な本性というのは変わらないということです。婚活という場においては、人間は本性である「獣性」をむき出しにする。女性はお金がある男性に楽な生活を望み、男性の方は若くて容姿がいい女性と結婚したい。ある意味で需給がかみ合っています。

獣性を言いかえれば「なりふり構わず目的直撃」ということです。人間が動物と違うのは、「なり」と「ふり」です。「なりふり構わず」はヒジョーによくない。「なり」と「ふり」こそが人間を人間たらしめていると思います。今月は「なり」と「ふり」について考えてみたいと思います。

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画像: 「なり」と「ふり」-その1
婚活に見る獣性。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
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楠木健の頭の中

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[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

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八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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