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現在、パンデミックが新たな社会ニーズをさまざまに生じさせているという意味で、CSV戦略を実践するよいチャンスだと岡田教授は語る。CSV戦略に取り組んでも成功する企業は一握りかもしれないが、環境や社会への感受性の高まりはもはや不可避である。特に次代を担う若い世代は、環境対応をしている「ふり」をするグリーンウォッシュ企業かどうかを、敏感に感じ取り始めているという。

「第1回:ESGへの取り組みが本格化」はこちら>
「第2回:パラダイムシフトを認識し、戦略的に動け」はこちら>
「第3回:インパクトを定量化して競争に勝つ」はこちら>

コロナ禍が人々に気づかせた社会ニーズ

――コロナ禍は企業のCSV戦略に影響を与えたのでしょうか。

岡田
環境 (E)・社会(S)で言えば、Sのニーズに大きな変化をもたらしましたよね。従業員や顧客を守るなかで、社会的な秩序やルールについても、改めて問い直す必要が出てきました。そして、供給と需要に大きなズレを生み出しました。

例えば酒類メーカーの場合、アフターコロナのパラダイムにおいては、感染を拡大させないという社会ニーズを満たしながら、いかに消費者の消費量を確保するかを考えなければなりません。お店でお酒が飲めない状況なら、想像力を働かせて、エコシステム全体で社会的な整合性を取りつつ、売上げを増やすことを考える必要があるのです。これはまさにCSV戦略の出番です。これまでになかった予期せぬニーズ(制約条件)の出現にいかに独自の発想で創造的解を示していけるのか、ということですからね。

つまり、コロナ禍はSの潜在ニーズをさまざまに顕在化させているわけです。まさに企業は営利事業のロジックに基づきながら、こうした社会ニーズの充足(課題の解消)に挑む機会に直面しています。

画像: コロナ禍が人々に気づかせた社会ニーズ

若者たちは変化を敏感に感じ取っている

岡田
変化という意味では、私の実感として、特に若い人たちは世の中の変化に敏感で、柔軟に状況に対応してきていますね。実際に、ソーシャルミッション(社会的使命)を標榜している企業は就職の際にも人気です。私の時代とは、会社の選別基準が大きく違ってきている気がします。

――大学院(ビジネススクール)でCSV戦略を学びたいという学生さんも増えているのでしょうか?

岡田
確実に増えています。もっとも、50人中0人だったのが4人に増えたといった具合で、マジョリティではありません。いまだに、外部環境として最低限満たさなければならない規範としてESGを受け止めている人が大多数でしょう(パラダイムA)。しかし、CSV戦略を学びたいという学生は、お題目だけではなく、CSV経営を本業で実践して利益を上げている企業に高い関心を持っています。

一方、変化に鈍感というべきか、CSVに関心が薄いのは企業のミドル層ですね(もちろん中には課題意識の高い方もいます!)。平均的に言えば、トップと若手が新しいパラダイムにシフトしているなかで、CSV戦略をめざす企業にとって、取り残されたミドル層をいかに意識改革していくのかというのが大きな課題になっていると感じます。その背景には、経営トップはいやおうなく資本市場のESG適合の波にさらされ、若い世代は生まれながらに金銭的価値以外の尺度で生きている(バブル後に生まれた世代)ということがあるのでしょう。

画像: 若者たちは変化を敏感に感じ取っている

グリーンウォッシュ企業の見分け方

岡田
一つ、興味深い論文についてご紹介しましょう。私の研究室の院生の一人が、昨年度の修士論文で食品関連企業を対象に、グリーンウォッシュ企業の見分け方をテーマにした研究を行いました。

グリーンウォッシュ企業とは、環境対応をしている「ふり」をする企業のこと。これを見分けるために、横軸に“実態的行動”として東洋経済が公開している「CSR企業総覧」の各企業の環境得点を設定し、縦軸には“象徴的行動”として日経の「環境ブランド調査」を用いて、対象企業を四象限マトリックスにプロットしました。

つまり、環境重視型ブランドとしての認知度は高いけれど、行動的実態は伴わないという左上の象限が「グリーンウォッシュ企業」ということになります。これは言ってみれば環境配慮の実体投資はせずに認知度だけ上げている、いわば「うまくやっている」企業です(笑)。逆に、堅実に環境に取り組んでいるにもかかわらず、宣伝下手なのか、その取り組みが認知されていない企業は右下、さらに名実ともにそろった理想的な環境重視企業が右上にプロットされます。興味深い研究と言えます。

ちなみに、その学生はフードロスに関心を持っていて、CSV戦略を実践する食品業界のリーディング企業に就職しました。今後は彼のように、本業のCSV戦略で業績を上げることによって社会や環境課題を積極的に解決している企業に就職したいという若い世代は、確実に増えていくと思います。

(取材・文=田井中麻都佳/写真・秋山由樹)

画像: 経営戦略の本流としてのCSV
【第4回】グリーンウォッシュ企業にならないために

岡田正大(おかだ・まさひろ)
慶應義塾大学大学院経営管理研究科教授。1985年早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。(株)本田技研工業を経て、1993年修士(経営学)(慶應義塾大学)取得。Arthur D. Little(Japan)を経て、米国Muse Associates社フェロー。1999年Ph.D.(経営学)(オハイオ州立大学)取得、慶應義塾大学大学院経営管理研究科専任講師に。助教授、准教授を経て現職。専門は企業戦略論。

最近の著書・論文に、“Asahi Kasei: Building an Inclusive Value Chain in India”(Savita Shankar氏との共著、2018年)、“An emerging interpretation of CSR by Japanese corporations: An ecosystem approach to the simultaneous pursuit of social and economic values through core businesses”( “Japanese Management in Evolution: New Directions, Breaks, and Emerging Practices”所収、2017年)、「CSVは企業の競争優位につながるか」(『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2015年1月号所収)などがある。訳書にジェイ・B・バーニー著『企業戦略論——競争優位の構築と持続(上・中・下)』。

「第5回:CSV戦略の原動力である『企業の目的意識(パーパス)』」はこちら>

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