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「第6回:日系企業の勝機」
日系企業が活かすべき「三大世界遺産」
――日系企業がパーパス経営に取り組むことに関して、名和先生はどんな勝算をお持ちですか。
名和
安易にグローバルスタンダードに飛びつかず、日本流の強みを現在の情勢に合うように活かせば、充分に勝機はあると思います。その強みとは、わたしが日系企業の「三大世界遺産」と呼んでいる「現場力」「組織力」「瞑想力」です。
現場力は、もはやご説明するまでもないかと思います。主に製造の現場で職人が磨いてきた、いわゆる「たくみ」の力です。ただし、先ほども指摘したように、その「たくみ」をいかに「しくみ」に落とし込むかが、課題となります。そうすることで、「進化するしくみ」が生まれるのです。
2つめの組織力。従来の日系企業はいわば金太郎飴のような同質性を基盤とし、チームプレイを得意としてきました。インクルージョン&ダイバーシティが当たり前になるこれからは、2019年のラグビー日本代表チームがまさにそうだったように、多様なバックグラウンドを持った異質なタレントをいかに「ONE TEAM」にまとめあげるかが重要になります。日本でも、トヨタやダイキンといった先進的な企業ではこれができています。日本人だろうと外国人だろうと、人間の本質はそう変わりません。成長したい、世の中の役に立ちたいという思いはだれにでもある。そのためにも、組織の求心力となる確固としたパーパスが必要です。
3つめの瞑想力だけ少し異質です。自分たちのあるべき姿、本当に求めているものを、欲望や衝動にとらわれずに考える力。英語では「Mindfulness(マインドフルネス)」と訳され、欧米やアジアで非常に注目されているのですが、その元祖が日本なのです。座禅を組んで瞑想にふける。外国の方が来日した際に、京都や鎌倉のお寺で座禅を組んできたという話をよく聞きますが、日本人の多くは座禅なんか古臭いというイメージを持っています。しかし座禅こそ、目の前の欲望から一度自分を解き放ち、眠っていた志を見つめ直す最善の手段なのです。
日本的「編集力」と「学習能力」というアドバンテージ
名和
「編集力」という強みも見逃せません。つまり、二者択一を迫るA or Bではなく、A and Bで新しい価値を生む。哲学者の西田幾多郎が唱える「絶対矛盾的自己同一」を実践できるのが日本の良さなのです。日本人は古来より、異なるもの同士を組み合わせて新しいものを生み出すことに長けてきました。かつては和魂漢才、和魂洋才を実践してきましたが、近年は和魂“米”才一辺倒で、しかも「和」、すなわち融合させる力が鈍っているのではないでしょうか。先ほどの「三大世界遺産」とこの編集力を日系企業がもう一度呼び起こせば、日本的な勝ちパターンをつくれると思うのです。
今はプラットフォーマーが世の中を牛耳っていますが、早晩コモディティ化するというのがわたしの読みです。どこへ行ったとか、何を検索したかといったうわべだけの行動データをどれだけたくさん集積しても、何の価値も生まれません。データを使う目的は何なのか、どんなデータが必要なのかを考えたうえで、収集したデータを知識や知恵のレベルにまで編集する。そういった深みのある「編集力」こそ日本人の得意とするところです。これをわたしは「セマンティック(意味論的)プラットフォーム」と呼んでいます。ここにこそ、日本企業の勝機があるはずです。
最後に、わたしが日系企業に期待するのが「学習能力」です。「守破離」という言葉があるように、海外からの知見を学ぶだけでなく、それをいったん破り、新たな境地を開拓する。そうやってブレイクスルーを起こすことが日本人の得意技なのです。「失われた30年」では、欧米から入ってきた経営戦略を表面だけなぞった結果、行き詰ってしまった日系企業が続出しました。単に欧米流を真似するのではなく、守破離の破・離の段階まで進んでいかなくてはいけない。学習能力の高い日系企業なら、それができると信じています。
名和氏がマッキンゼーを辞めた理由
――これまで伺ったお話や名和先生のご著書からは、日系企業を鼓舞する熱いメッセージが伝わってきます。マッキンゼー・アンド・カンパニー時代から国内外のたくさんの企業の経営をご覧になって、おそらく日系企業に対する忸怩たる思いがご活動の根底にあるのではと想像します。
名和
ええ。わたしがマッキンゼーを退職したのがリーマンショック直後の2010年ですが、実はその頃、同社は日本から撤退しようとしていました。日本には変わり種のような企業はあっても、世界をリードするようなビジネスをやっている企業がない。日系企業のお手伝いしても、世界企業としてのマッキンゼーはリターンが得られないのではないかというのが当時の経営判断でした。日系企業を応援するわたしとしては、それが非常に悔しかったのです。事実、マッキンゼーでは欧米流の経営理論を日系企業に押し付けるコンサルティングが主流となり、このままでは日系企業が力を失ってしまうのではないかとの強い危機感から、退職して研究者の道を選んだのです。
むしろ、トヨタやファーストリテイリング、京セラ、日本電産といった日系企業が行っている模範的な経営が世界標準になってほしい。日本発の経営のグローバルモデルを打ち立てることに懸けているのが、今のわたしの立場です。
――名和先生が『CSV経営戦略』をお書きになった2016年にも、EFOで取材をさせていただきました。あれから5年経ちましたが、今の日系企業の状況をどのようにとらえていますか。
名和
日系企業には今、ものすごいフォローの風が吹いています。なぜなら、世界ではサステナビリティ、デジタル、グローバル分断という3つの嵐が吹き荒れており、その中心、まさに台風の目に日系企業がパーパスを据えて日本流の経営に邁進すれば、3つのメガトレンドの先端を行くことができるからです。グローバルスタンダードの後追いではなく、日系企業がむしろ世界を先回りできる大チャンスなのです。
せっかくフォローの風が吹いているのに、日系企業は欧米流を後追いすることで逆走してしまっている。そんな気がしてなりません。日本本来の強みを取り戻し、磨き上げることができれば、日系企業がもう一度世界に羽ばたくことができる。多くの日本人が忘れてしまったその可能性を、志の高いビジネスパーソンの方々に気づいてほしい。それがわたしの願いです。
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名和 高司(なわ たかし)
一橋ビジネススクール 客員教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、日本やアジア、アメリカなどを舞台に経営コンサルティングに従事した。2011~2016年にボストンコンサルティンググループ、現在はインターブランドとアクセンチュアのシニア・アドバイザーを兼任。2014年より「CSVフォーラム」を主催。2010年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2018年より現職。主な著書に『経営変革大全』(日本経済新聞出版社、2020年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社,2018年)、『CSV経営戦略』(同,2015年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社,2010年)など多数。
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