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「第3回:パーパス経営のケーススタディ」
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食ビジネスにとどまらない、ネスレのパーパス経営
――国内外を問わずパーパス経営の優れた事例を挙げるとしたら、どんな企業が思い浮かびますか。
名和
世界を代表するのは、食品メーカーのネスレでしょう。同社のパーパスは「Good food, Good life」。栄養の提供を通じて人々の生活の質を高めることで、いかにウェルビーイング(Well-being※)を実現するかを経営の基軸とし、単においしければよかった食ビジネスにとどまらず、人々の心身の健康維持に結び付くビジネスを進めています。一例を挙げると、同社が提供する食品の原材料を家畜の肉から植物肉に切り替えるという動きがあります。
※ 単に病気をしないだけでなく、身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること。
それから、イギリスのユニリーバも典型的なパーパス経営の企業とされています。石鹸メーカーとして出発した同社は、もともとのパーパス「Make Cleanliness Commonplace(清潔を暮らしのあたりまえに)」を、近年「Make Sustainable Living Commonplace(サステナビリティを暮らしのあたりまえに)」にアップグレードしました。また、アメリカでは冒頭でも触れたジョンソン・エンド・ジョンソンのほか、「カスタマー・カンパニー」を掲げ、顧客管理ソフトウェアでカスタマーサクセスに貢献しているセールスフォース・ドットコムなどが代表格と言えます。さらにアジアに目を向けると、「どこでも簡単にビジネスができるようにする」を標榜する中国のアリババ、「コミュニティのQoLを向上させる」というインドのタタ・グループなどが注目企業です。
「LifeWear」という社会価値
――日本国内では、どんな企業がパーパス経営の先進事例と言えるでしょうか。
名和
筆頭は株式会社ファーストリテイリングです。2014年に代表取締役会長兼社長の柳井正さんと対談したときにCSVが話題に挙がったのですが、このとき柳井さんは「CSV経営への取り組みは、企業が世界に出ていくためのパスポートです」とおっしゃっていました。つまり、高度な社会価値を生み出せていないと、世界でビジネスをするためのエントリーチケットすらもらえないというわけです。
では、同社が生み出す社会価値とは何か。それを表すのが「LifeWear」です。LifeWearとは生活に寄り添う服。自分に一番フィットし、自分が本当に良いと思える素材が使われている服を着る。ファストファッションのようにワンシーズンだけ着て捨ててしまうような消費文化とはまったく異なる思想です。そこには環境や社会に対するファーストリテイリングならではの思いが込められており、見かけの豊かさにとらわれた消費文化を否定することで、消費者に受け入れられているのだと思います。
このほか、先進事例としては「これからの食卓、これからの畑」をパーパスに掲げ、食の安全にこだわった食品宅配サービスを提供しているオイシックス・ラ・大地株式会社。「最良の作品を世に遺す」を軸に、過度な都市化や地方の衰退といった社会課題に取り組むなど、従来の建築業界の枠を超える株式会社竹中工務店。また、「Kirei Lifestyle」を掲げる花王株式会社は、洗剤や化粧品などの事業を通じた「清潔」への貢献を通じて、人々がこころ豊かに暮らせる社会の実現をめざしています。
日系企業と欧米企業のパーパス
――欧米企業と日系企業とで、パーパス経営のタイプは異なるものなのでしょうか。
名和
欧米の企業が掲げるパーパスには、教条主義的なものが多いです。これをわたしは“客観正義”、そして“規定演技”と呼んでいます。例えば先ほどご紹介したネスレの「Good food, Good life」は、直訳すると「よい食事、よい生活」。だれが見ても正しいことを言っています。
これに対して日系企業は、先ほど挙げた志の3条件の中でも「ワクワク」「ならでは」を意識したパーパスが目につきます。「LifeWear」と聞けば、どこの企業かはすぐわかる。つまり、志を自分たちの言葉で定義できているところが日系企業のよいところです。また、SDGsの17項目にない18番目のカードとしてトヨタが掲げているのが「waku-doki」。ワクワク・ドキドキのことですが、このままだと海外には伝わりにくいので同社はさらに「mass-producer of happiness」、幸福を量産する会社という言葉を付け足しています。このように、日本の先進的なパーパス企業は“主観正義”にもとづく“自由演技”を個性豊かにのびのびと披露しています。
一方で、多くの日系企業のパーパスにはまだまだ改善の余地があるように見受けられます。わたしが提唱する「新SDGs」でいうところのS=Sustainabilityにばかり気をとられている企業が多く、D=DigitalとGs=Globalsでは世界に後れをとっているのが現状です。今、「モノからコトへ」のシフトが各産業で進んでいますが、コト=サービスモデルをグローバル化できている日系企業がほとんどないのはこのためです。サステナビリティのきれいごとだけに注力しても儲からず、結果的に成長を持続できていないにもかかわらず、いまだにサステナビリティ一本鎗の企業が多いことがとても気がかりです。
環境事業を本業で展開している企業でない限り、サステナビリティはパーパスにならないはずです。もし、サステナビリティの実現だけをめざすのであれば、企業活動をやめることがベストとなってしまいます。持続可能性、すなわち単に「生き延びる」ことではなく、「いきいきと生きる」ことこそ、本来めざすべき姿なのではないでしょか。(第4回へつづく)
「第4回:パーパスを明らかにするために、経営者がすべきこと」はこちら>
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名和 高司(なわ たかし)
一橋ビジネススクール 客員教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、日本やアジア、アメリカなどを舞台に経営コンサルティングに従事した。2011~2016年にボストンコンサルティンググループ、現在はインターブランドとアクセンチュアのシニア・アドバイザーを兼任。2014年より「CSVフォーラム」を主催。2010年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2018年より現職。主な著書に『経営変革大全』(日本経済新聞出版社、2020年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社,2018年)、『CSV経営戦略』(同,2015年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社,2010年)など多数。
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