「第1回:なぜ世界はパーパス経営に注目するのか」
「第2回:『志本主義』の登場」はこちら>
「第3回:パーパス経営のケーススタディ」はこちら>
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3つの市場からの要請
――今、「パーパス経営」がビジネスパーソンから関心を寄せられています。まずは、名和先生が考えるパーパス経営の定義を教えてください。
名和
Purposeは「存在意義」と訳されることが多いですが、それでは少し理屈っぽいですし、よそよそしいものに感じます。わたしは「志」と読み替え、パーパス経営を「志本経営」とも呼んでいます。あくまでも企業の内部から湧き出てくる強い思いこそがパーパスであってほしいという願いからです。
――パーパス経営に取り組む企業が増えている背景には、どのような世界情勢が関係しているのでしょうか。
名和
まず、3つの市場からの要請です。1つめは、顧客市場。BtoCでは今、「エシカル消費」が注目されています。自分の欲望や流行にとらわれず、環境や社会にとってよいビジネスを行っている企業を、その商品の購入という形でサポートする消費者が増えているのです。特にミレニアル世代以降の若い消費者に、その傾向が強いようです。BtoBの世界はもっと厳しく、環境や社会に悪影響を及ぼしている企業はサプライヤーリストから外されてしまうケースもあります。
2つめが人財市場。ミレニアル世代以降の人たちは、就職や転職活動においても、企業が環境や社会によいビジネスをしているかどうかを重視しています。そして3つめが金融市場。すなわち、投資先を選ぶ際に環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の観点を重視したESG投資が世界的に広まっています。
以上の外部要因から、パーパス経営に取り組む企業が世界で増えているのです。
外発の「MVV」から、内発の「PDB」へ
――企業の内部では、どんな変化が起きているのでしょうか。
名和
企業は経営理念として、ミッション(Mission)・ビジョン(Vision)・バリュー(Value)を掲げてきました。それが今やパーパス(Purpose)・ドリーム(Dream)・ビリーフ(Belief)にシフトしています。前者は外発的、後者は内発的なものです。
ミッションは「使命」、神から与えられた指示です。それに対して「パーパス」は、先ほどから申し上げているように自分の内から湧き出てくるものです。また、ビジョンは「構想」を意味しますが、どうしてもきれいごとになりがちです。企業が掲げるには、もっと色のついたリアリティのある思い、つまり「ドリーム」でなくてはいけません。そして「価値観」を意味するバリュー。よく「バリューステートメント」をオフィスの壁に貼ってある会社がありますが、そのくらいしないと社員に浸透しない時点で訴求力が弱い。これに対して「ビリーフ」は信念、つまり社員一人ひとりの中に刻み込まれる強い思いなのです。
ビリーフの一例に、アメリカのジョンソン・エンド・ジョンソンが掲げている「Our Credo(我が信条)」があります。そこには、同社が負うべき責任の対象がすべての顧客、世界中で働く全社員、社会、株主であることが謳われています。ビリーフを社員一人ひとりが自分事として胸に刻むことの重要性に、先進的な企業は気づいているのです。
30年先を見据えた「新SDGs」というメガトレンド
名和
SDGsは2030年の達成をめざす目標ですが、パーパス経営の先進企業はさらにその先の2050年を見据えた目標を設定しています。各社に共通する要素が「Sustainability(サステナビリティ)」「Digital(デジタル)」「Globals(グローバルズ)」。これらをわたしは「新SDGs」と呼んでいます。
ここで言う「Sustainability」とは、現行のSDGsのさらに先にある目標を指します。というのは、SDGsの17目標の達成だけでは未来を創造できないからです。例えば、高齢化社会を踏まえた介護の充実や、孤独の回避などといったことは謳っていません。また、生物の多様性の保全には触れていますが、ロボットをはじめとする無生物には言及していません。さらに、地球の未来には関心があっても、宇宙の未来は視野に入っていません。SDGsに沿った「17枚の規定演技」だけではなく、「18枚目の自由演技」に企業は取り組むべきです。そのためには、30年先を見据えないと新しい発想は生まれません。
2つめが「Digital」。いろいろな企業が盛んにDX(デジタルフォーメーション)に取り組んでいますが、デジタルは今や1つのツールに過ぎません。デジタルを使って業務や事業、経営、社会をどう変えるかというX=トランスフォーメーションが大事なのです。さらに、「D」と「S」はペアで取り組む必要があります。サステナビリティを追求するほど企業にはコストがかかり、かえって利益を毀損するリスクがあるからです。そうならないよう、口先だけでなく本気でサステナビリティに取り組むなら、デジタルの活用が不可欠なのです。
そして3つめの「Globals」。かつて、国境を越えた経済活動が主体となる「ボーダレス化」に世界は向かうのではないかといった議論がありましたが、実際にはむしろ「ボーダフル化」がどんどん進んでいます。中国とアメリカの衝突、ヨーロッパにおけるGAFA規制など、国・地域間でのデジタル技術の覇権争いが年々深刻化しています。社会は今、政治的、民族的、宗教的、思想的に分断されており、「世界は1つ」という考えはもはや幻想にすぎません。そこで、わたしは敢えて「Globals」と複数形で表現しています。分断された世界を再統合していく知恵が、新しい価値を生むはず。いわゆるジオエコノミクス(※)への配慮なしに、世界で戦うことはできない時代と言えます。
※ 経済や資源の時間的、空間的、政治的側面を研究する学問。現代は国家間の力関係において経済力の比重が高まってきたことから、「ジオエコノミクスの時代」とも言われる。
パーパスを起点に、2050年を見据えてS、D、Gsに取り組む。これが、パーパス経営のメガトレンドなのです。(第2回へつづく)
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名和 高司(なわ たかし)
一橋ビジネススクール 客員教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、日本やアジア、アメリカなどを舞台に経営コンサルティングに従事した。2011~2016年にボストンコンサルティンググループ、現在はインターブランドとアクセンチュアのシニア・アドバイザーを兼任。2014年より「CSVフォーラム」を主催。2010年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2018年より現職。主な著書に『経営変革大全』(日本経済新聞出版社、2020年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社,2018年)、『CSV経営戦略』(同,2015年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社,2010年)など多数。
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