6回にわたってお送りしている、『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』の著者・名和高司氏によるパーパス経営論。第4回では、パーパス経営に取り組む際に日系企業がすべきことを詳しく解説していただいた。

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「第2回:『志本主義』の登場」はこちら>
「第3回:パーパス経営のケーススタディ」はこちら>
「第4回:パーパスを明らかにするために、経営者がすべきこと」
「第5回:日系企業の誤解と課題」はこちら>
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北極星と現在地を明らかにする、「白昼夢」と「内省」のセッション

――企業がパーパスを明らかにし、社員に浸透させることは簡単ではないと思います。パーパス経営に取り組む企業の実態はどうなのでしょうか。

名和
先ほどパーパス=志の3要件に挙げた「ワクワク」「ならでは」「できる!」を満たしている企業は、実はまだまだごくわずかです。肝心のパーパスが言葉遊びに終始してしまい、単なる標語になっているケースが少なくありません。また、SDGsの17項目に沿った事業分析をもとにパーパスを設定する企業が多く、同業他社が似たようなパーパスを掲げているケースも数多く見受けられます。そのようなありきたりのきれいごとでは、社員の志に火が着くことはそもそも期待できません。

こういった発想段階での問題に加え、ほとんどの企業でできていないのがパーパスを組織に落とし込む作業です。つまり、社員一人ひとりがパーパスを自分事化できていない。特に大企業の場合、世界中の社員の意識にパーパスを刻み込まなくてはいけませんから、途方もなく時間のかかるプロセスです。しかしそこが、パーパス経営をうわべだけでやっているのか、本気でやっているのかの分かれ目なのです。

画像: 名和高司『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)

名和高司『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社)

――パーパスを組織に浸透させるために、経営者はどんな取り組みをすべきでしょうか。

名和
シリコンバレーでよく耳にする「MTP(Massive Transformative Purpose)」という言葉があります。日本語に訳すと「巨大で変革的な志」。現状の10倍、つまり1桁上をめざすという意味で「10X」とも呼ばれています。日本人には「北極星」という表現がしっくりくるかもしれません。

このMTPをしっかり見極めるという最初の作業が非常に重要です。有効なのが、「白昼夢セッション」。社員一人ひとりが思い描く企業の未来像、色がついた絵で表現できるくらいリアリティ満載のMTPについて議論するのです。あらゆる制約を取り払って、自分たち、コミュニティ、そして未来の子どもたちにとってどのような世界を実現したいのかを具体的に構想する。ここでは、経営者や社員の純粋な「志す力」が試されます。

白昼夢セッションの次は、自社の短所を見つめ直す「内省セッション」に切り替えます。どうすればMTPに手が届くかを考える前に、自分たちがなぜ現状に甘んじているのかを見つめ直すのです。現状のままでよいのであれば、何も変える必要はありません。しかし、北極星に到達したいのなら、今までの自分たちのやり方を抜本的に変えなくてはいけない。そこに気づいていただくのが目的です。

日系企業が抱える2つの「病気」

名和
わたしが思うに、日系企業は大きく2つの病気を抱えています。

1つめが、日本固有の「風土病」です。代表的なものが、すべて自社でやり遂げようとする「自前主義」。それから、あとでご説明する「計画主義」です。

2つめが、「舶来病」。ビジネスを取り巻く世界の流行に飛びついてしまう、「グローバルスタンダード病」です。例えば、金融市場からのESG重視の投資という流行。ESGを無視すると企業価値を棄損しますが、ESGに注力したからといって企業価値が高まるわけではありません。

働き方改革の文脈でよく耳にする「ワーク・ライフ・バランス」も、時代にそぐわないというのがわたしの見解です。「ワーク」は仕事のために自分の魂や時間を売ることであり、ワークから解放されることで「ライフ」=自分を取り戻すという考え方自体がマルクス時代の労働観なのです。Amazon.comの創設者のジェフ・ベゾス氏は、「ワーク・ライフ・ハーモニー」と表現しています。つまり、仕事かプライベートかの二択ではなく、その2つが相互に作用しあっている。わたしは「ワーク・イン・ライフ」という言葉をつかっています。コロナ禍でリモートワークを余儀なくされた人々の多くがこれに近い実感を持っているのではないでしょうか。

今、日系企業に必要なのは「働きがい改革」です。起きている時間の大半が「やらされ仕事」に費やされてしまうのではなく、「自分事化した仕事」に取り組むことができれば、仕事こそ自己実現の場になるはずです。そのために、単純作業をデジタル化して、社員が常にクリエイティブな仕事に注力できるよう環境を整える。単に労働時間を減らすことだけに注力していては、日系企業は弱体化してしまいます。

また、日本では「ダイバーシティ&インクルージョン」がもてはやされていますが、これからは「インクルージョン&ダイバーシティ」と順番を逆にとらえ直す必要があります。ダイバーシティは外国人や女性、若い人を採用すれば簡単に実現できますが、それだけで何か新しいものが生まれるわけではありません。むしろ、異質な才能を持った人財に価値のある仕事をしてもらうことができず、せっかく採用してもすぐに転職してしまう、いわば「回転ドア型組織」になってしまいます。大切なのは、国籍も性別も年齢層も異なる社員を「ONE TEAM」化できる企業文化を醸成することであり、そのためにも、しっかりとしたパーパスが必要なのです。(第5回へつづく)

「第5回:日系企業の誤解と課題」はこちら>

画像: 「パーパス経営」とは。
【第4回】パーパスを明らかにするために、経営者がすべきこと

名和 高司(なわ たかし)
一橋ビジネススクール 客員教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、日本やアジア、アメリカなどを舞台に経営コンサルティングに従事した。2011~2016年にボストンコンサルティンググループ、現在はインターブランドとアクセンチュアのシニア・アドバイザーを兼任。2014年より「CSVフォーラム」を主催。2010年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2018年より現職。主な著書に『経営変革大全』(日本経済新聞出版社、2020年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社,2018年)、『CSV経営戦略』(同,2015年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社,2010年)など多数。

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