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アフターコロナこそ、回復ではなく成長のチャンス
――今年5月、名和先生のご著書『パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える』が発刊されました。なぜ、このタイミングで書かれたのでしょうか。
名和
昨年来、「コロナ禍が過ぎた後、経済はどう回復していくのか」という論調が多く、そこに危機感を覚えたのが一番の理由です。ただ回復するだけではもったいない。むしろ、日系企業はコロナ禍を奇貨として新しいことを仕掛けるべきです。過去にもバブル景気やリーマンショックの後には、既存の秩序がいったんガラガラポンされて、伸びる会社とそうでない会社に分かれてしまうドラスティックな変化が起きていました。コロナ禍の後、どうすれば日系企業は伸びるのか。今こそ、それを議論するチャンスだと思ったのです。
一方で、コロナ禍の後にやってくるパラダイムがユートピアなのか、ディストピアなのかという議論もよく聞かれます。とらえようによっては、前者は厳しい現実から「逃避する経営」だとわたしは思いますし、進化したAIに多くの人間が支配されてしまう未来や、環境問題による地球の破滅を語る後者には行き過ぎ感が否めません。ユートピア論とディストピア論、この両方を超える経営モデルが必要だと感じたのが2つめの理由です。
そして3つめの理由は、平成の「失われた30年」を日本が二度と繰り返さないためです。失われた30年を引き起こした原因を一言で表すと「グローバルスタンダード病」です。欧米流の経営モデルを付焼刃的に後追いした結果、日本経済が長きにわたり低迷してしまったのです。
実は、本書のタイトルは当初『志本経営』にしようと考えていました。パーパスという舶来の言葉ではなく、「志」という大和言葉を敢えて付けることで、日本ならではの本質的なこだわりに立脚した経営モデルを提唱したい。そんな思いがあったからです。
カネ中心の資本主義から、ヒトに立脚した「志本主義」へ
――近年、「資本主義の終焉」が声高に叫ばれています。名和先生の見解をお聞かせください。
名和
これまでの資本主義、つまりお金を基軸とした経営では立ち行かなくなってきたのは確かだと思います。世の中にはヒト・モノ・カネというアセットがありますが、モノは世の中にあふれてコモディティ化し、カネも実はあり余っていて、投資先を求めてさまよい歩く亡霊のような状態です。マルクスが指摘したとおり、資本にはどんどん自己増殖していくしくみが備わっています。資本が資本家を乗っ取り、次々に乗り換えて増殖していく。カネに立脚した資本主義のままでは、だれもが利己的な行動に走り、いずれ地球はパンクしてしまうでしょう。そこから早く目覚めて、もう一度、ヒトに立脚した経済に戻すべきです。かつてアダム・スミスも着目していたように、実はヒトこそが、新しい価値を生む希少資源なのです。
2020年のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)では、「タレンティズム(Talentism:人財主義)こそが資本主義に代わるものだ」という主張が多くの賛同を得ました。また、アメリカのNetflixは「タレント・デンシティ(Talent density)」つまり、優れた人財をいかに集められるかを成功の第一条件に掲げています。タレンティズムは今、欧米企業において支配的な考え方になっています。
日本でも実は30年以上も前に、経営学者の伊丹敬之先生が「人本主義」を提唱されています。カネではなくヒトこそが経済と経営の基軸になるという考え方で、まさに日系企業の力の源泉だったわけです。ところが、その後すぐ「失われた30年」に入ってしまい、世の中に受け入れられたのはカネに立脚した欧米流の経営理論でした。
ヒトに立脚するという意味では、タレンティズムという潮流は間違っていないでしょう。しかし、理性だけでなく欲望もあっての人間ですから、単にヒューマニズムを追求するだけでは欲望の資本主義になりかねません。だからと言って、人間が持つ知識=理性だけに頼ると頭でっかちの経営に偏ってしまい、きれいごとの経営理念ばかりが生まれるでしょう。そこで、資本主義の次に期待される未来モデルとしてわたしが提唱するのが、「志」に基づく経営が経済をリードする「志本主義」なのです。
「志」を構成する3つの要件
――「志」は人によって解釈が分かれる言葉だと思いますが、名和先生が考える「志」の定義とは何ですか。
名和
「ワクワク」「ならでは」「できる!」。この3つが、わたしが考える「志」の要件です。SDGsやESGのように世の中から規定されたルールにのっとるのではなく、自社が何をやりたいかをしっかり描く。そのためには社員や顧客が「ワクワク」し、自社「ならでは」のものでなければいけません。しかも、絵に描いた餅に終わるのではなく実践「できる!」ことも必須条件です。きれいごとでも独善的でもなく、人々の共感を呼び、なおかつ実践可能なこと。しっかりとした構想力を持ってユニークに描けること。それが「志」です。
ただ実際には、パーパスがきれいごとになっているケースが少なくありません。単に「社会貢献がしたい」「みんなを幸せにしたい」という話に終始してしまうと、先ほどのユートピア論に陥る危険があります。パーパス=志の実現を目的として事業を進め、プロフィットという結果を生み続け、キャピタル=資本を増殖させる。ただし、その用途はあくまでも再投資。このしくみが好循環で持続されることが重要です。平たく言うと、渋沢栄一の『論語と算盤』。論語がパーパス、算盤がプロフィットなのです。
2018年の1月、ブラックロックという世界最大級の資産運用会社のトップ、ラリー・フィンク氏が「“パーパスが目的でプロフィットは結果”という企業に投資する」という内容のステートメントを投資先各社に送り、大きな反響を呼びました。3年経った今、それがようやく世界的な投資の1つの規律となってきたのです。(第3回へつづく)
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名和 高司(なわ たかし)
一橋ビジネススクール 客員教授
1957年生まれ。1980年に東京大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社に入社。1990年、ハーバード・ビジネススクールにてMBAを取得。1991年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに移り、日本やアジア、アメリカなどを舞台に経営コンサルティングに従事した。2011~2016年にボストンコンサルティンググループ、現在はインターブランドとアクセンチュアのシニア・アドバイザーを兼任。2014年より「CSVフォーラム」を主催。2010年より一橋大学大学院国際企業戦略研究科特任教授、2018年より現職。主な著書に『経営変革大全』(日本経済新聞出版社、2020年)、『企業変革の教科書』(東洋経済新報社,2018年)、『CSV経営戦略』(同,2015年)、『学習優位の経営』(ダイヤモンド社,2010年)など多数。
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