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すべての人々に経済発展が公平に行き渡る、より包摂性と持続可能性の高い社会・経済システムを作り上げるために求められる「グレート・リセット」。最大のカギはステークホルダー資本主義への移行だと語るWEFのクラウス・シュワブ会長に、そこで日本や日本企業が果たすべき役割を聞いた。

「前編:『グレート・リセット』の真意とは――人々の幸福を中心とした経済へ」はこちら>
「後編:ステークホルダー資本主義に基づく社会・経済――日本が世界に果たすべき役割」

最新著の題名である「ステークホルダー資本主義(Stakeholder Capitalism)」は、シュワブ会長が以前から訴え続けてきたお考えですが、その観点から将来の世界経済のあり方を考えるうえで最も大切な点は何でしょうか。

世界経済にとって最も必要なことは、狭い株主指向からより広いステークホルダー指向への移行です。企業は目先の利益を追求するのではなく、さらに幅広い社会貢献も含めた、より長期的な視点を取り入れるべきです。それが、世界の経済システムがゆっくりと時間をかけて持続可能性を育んでいくための最も効果的な方法なのです。

実は、多くの企業は以前からこのステークホルダーの視点を持っていました。例えば、1950年代から1970年代にかけての、いわゆる「資本主義の黄金時代」に成長を遂げた日本の多くの企業がそうです。この時代、企業や従業員、そして地域社会全体が協力し助け合わなければ、復興や発展を成し遂げることはできませんでした。

しかし、ここ50年ほどの間、とりわけ1990年代から2010年代にかけて、主に米国や英国で支持されてきたのはミルトン・フリードマンによる新自由主義であり、それが世界経済の主流パラダイムとなりました。ひと言で言えば、収益の増加をもたらすことだけが企業の社会的責任であるといった考え方です。私は一貫してこの考え方に反対してきました。なぜなら、それ以外の多くの重要な課題が脇へ追いやられてしまうからです。

幸い、企業の間では、長期的な視点や幅広いステークホルダーとの関係が新たに注目を集めつつあります。重要な一例として、最近多くの世界的な大企業が、財務目標を補完するものとして、いわゆるESG(Environment, Social, Governance:環境・社会・ガバナンス)指標を取り入れています。ステークホルダー資本主義の概念を積極的に受け入れる企業も増えています。

画像1: 「グレート・リセット」で変貌するコロナ後の世界と経済
ステークホルダー資本主義の観点から展望する
【後編】ステークホルダー資本主義に基づく社会・経済――日本が世界に果たすべき役割

今後、グローバルな社会・経済のグレート・リセットにおいて、AI(Artificial Intelligence:人工知能)やロボティクス、IoT(Internet of Things)などのデジタル技術がもたらす変革をどうお考えでしょうか。また、その挑戦において企業が果たすべき役割、期待する役割について教えてください。

第一には企業、政府、そして人々が、技術の進歩というものを受け入れなければなりません。日本が工業化の時代を迎えることができたのも、それより前に英国、ドイツ、米国などの国々が発展したのと同様、技術の進歩によるものでした。そのことは現代もまったく同じなのです。実際、私はこのAI、ロボティクス、IoTの時代を、蒸気機関と電気による最初の産業革命、その後登場した内燃エンジン、そしてインターネットに続く、「第四次産業革命」と呼んでいます。

AIは現在、主に機械学習とパターン認識を中心とした手法ですが、いずれはGPT(General-purpose Technology:汎用技術)へと進化し、社会や経済の発展に過去のGPTと同様の効果をもたらすものと期待されています。さらに、IoTやロボティクスなどの他の新技術と組み合わせれば、それらがもたらす進歩という意味ではこれまでの産業革命を上回る可能性すらあります。

したがって、企業の第一の責任は、これらの新技術をできるだけ早く実現し進展させることだと思います。なぜなら社会の発展は、画期的な技術そのものよりも、それを各企業において応用することによってもたらされることが多いからです。それに私たちは個々の企業にしろ、国全体にしろ、先行した者が有利であるということをすでに知っています。

しかし、実は先行することと同じくらい大切なのは、最大限の責任を負うということなのです。第四次産業革命は、将来性や可能性だけでなく、同時に混乱や搾取の危険もはらんでいます。企業は責任を持ってこれらの技術を利用し、人類に奉仕することはあっても、決して害を及ぼすことのないようにしなければなりません。また政府も、この時代に相応しい新しい政策を実行していく必要があるでしょう。

この点は、われわれWEFが設立した第四次産業革命センター(C4IR:Centre for the Fourth Industrial Revolution)でも重視しており、また今年4月、日本政府の協力により東京で開催された「グローバル・テクノロジー・ガバナンス・サミット」のような、WEF主催の会議でも議論の焦点となっています。

最後にポストコロナ社会の建設に、私たち日本のビジネスパーソンはどのような貢献ができるでしょうか。俯瞰的・地政学的な観点からアドバイスいただければ幸いです。

第一に、パンデミックがまた終わっていないということを考えると、日本の多国籍企業は、ウイルスを封じ込める方法に関して日本が持っている情報や専門知識を広めるために、できることがたくさんあるのではないでしょうか。日本をはじめとする東アジア諸国は、ヨーロッパのほぼ全域や米国といった他の多くの国々に比べ、パンデミックの抑え込みがはるかにうまくいっています。そうしたベストプラクティスを共有することは、日本企業が広く展開できる大きな貢献の一つだと思います。

第二に、日本企業は、新しいテクノロジーを採用することと、それによりすべてのステークホルダーに恩恵をもたらすことという、二つの面でフロントランナーとして、良き手本となることができるでしょう。単なる目先の利益以上のものをめざして最適化を図ることや、長期的な視点で考えて幅広い社会的幸福に貢献することは、日本の企業文化の中に刻み込まれています。これこそ、パンデミックから立ち直り、新しい時代に突入するこれからの数年間に、大いに必要とされることなのです。

最後に、日立のような産業や技術の変化の最前線にいる企業は、クライメートトランジション(Climate Transition:気候変動に対応した移行)の面で他社の「灯台:Lighthouse」となるという大きな役割を担っています。日立は2030年までに自社内のカーボンニュートラルを達成し、バリューチェーン全体での二酸化炭素排出量を2030年までに50%、2050年までに80%削減するという目標を掲げました。それをいかに達成するかを学び、得られた専門知識を世界中のバリューチェーン全体、さらにサプライヤーや顧客にも広げていくことは、より良き世界の創造にとってかけがえのない貢献となることでしょう。

(写真提供:世界経済フォーラム)

画像2: 「グレート・リセット」で変貌するコロナ後の世界と経済
ステークホルダー資本主義の観点から展望する
【後編】ステークホルダー資本主義に基づく社会・経済――日本が世界に果たすべき役割

世界経済フォーラム(WEF) 創設者・会長
クラウス・シュワブ氏

1938年、ドイツ・ラーベンスブルグ生まれ。1971年に世界経済フォーラム(WEF)を設立した。フライブルク大学で経済学博士号、スイス連邦工科大学で工学博士号、ハーバード大学ケネディ行政大学院で行政学修士号を取得。1972年には、同フォーラムの主宰に加え、ジュネーブ大学の教授にも就任。国内外で17の名誉博士号を含む、数多くの賞を受賞している。
著書は『第四次産業革命 ダボス会議が予測する未来』(日本経済新聞出版)、『グレート・リセット ダボス会議で語られるアフターコロナの世界』(日経ナショナルジオグラフィック社)など。

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