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世界の政財界を代表するリーダーが一堂に会する世界経済フォーラム(WEF)の特別年次総会は、「ダボス会議」として広く知られている。2021年はパンデミックの長期化により開催が見送られたものの、そこで掲げられたテーマ「グレート・リセット」をめぐってはすでに世界の有識者の間で活発な対話・議論が交わされている。
ポストコロナ時代の世界を見据え、社会・経済システムにおけるグレート・リセットの必要性を提唱するWEFのクラウス・シュワブ会長に話を聞いた。

「前編:『グレート・リセット』の真意とは――人々の幸福を中心とした経済へ」
「後編:ステークホルダー資本主義に基づく社会・経済――日本が世界に果たすべき役割」はこちら>

シンガポールで開催を予定していた2021年の世界経済フォーラム(WEF:World Economic Forum)特別年次総会(通称:ダボス会議)は残念ながら中止となりました。当初、ここでのテーマとして掲げられたのは「グレート・リセット(Great Reset)」です。まずこの言葉に込めたシュワブ会長のお考えをお聞かせください。

グレート・リセットとは、これまで以上に持続可能で公平な世界経済を早急に作り上げるべきだという考え方です。今日の私たちの社会・経済システムは、新型コロナウイルス感染症によるパンデミック以前からすでに限界に達しようとしていました。私たち人間が地球環境に与えてきたダメージは、地球温暖化、異常気象の増加、生物多様性の喪失、天然資源の減少など、多くの深刻な問題を引き起こしています。また、社会的、経済的な不平等は人々の分断や怒りを招き、ガバナンス、協調、開発などに危機をもたらしました。さらに、物質的成長や目先の経済的利益へ過度に依存してきたことによって、経済システムは活力を失いつつあります。

そんな状況にパンデミックが最後の一撃を加えたのです。そして、これによって数え切れないほど多くの命や暮らしが失われ、深刻な経済危機が発生し、社会生活や国際関係は行き詰まり、個人的にも政治的にも孤立感が深まることになりました。

こうした状況から明らかになったのは、私たちの生き方、働き方、互いの交流のあり方を変える必要があるということに他なりません。つまり、持続可能性(sustainability)と包摂性(inclusivity)と回復力(resilience)を、決して付け足しではなく中心に据えた新たな経済システムを採用すること、すなわちグレート・リセットが求められているのです。

画像1: 「グレート・リセット」で変貌するコロナ後の世界と経済
ステークホルダー資本主義の観点から展望する
【前編】「グレート・リセット」の真意とは――人々の幸福を中心とした経済へ

昨年、全世界がパンデミックに直面する只中、シュワブ会長は「世界の社会経済システムを考え直さないといけない。第二次世界大戦後から続くシステムは異なる立場のひとを包み込めず、環境破壊も引き起こしている。持続性に乏しく、もはや時代遅れとなった。人々の幸福を中心とした経済を考え直すべきだ」と訴えていました。シュワブ会長が考える「人々の幸福」とは何か、またそれを経済の中心とすべき理由を改めて教えていただけますか。

ここ数十年の間に、私たちは驚異的な繁栄と進歩を実現し、人類がこれまで経験したことのないような目覚ましい発展を遂げました。20世紀初頭には多くの人々が貧しく過酷な生活を強いられていたのに、日本など先進諸国の人々はもとより、少し遅れて他のアジア諸国の人々も、世界有数レベルの物質的な幸福を手にすることができました。

しかし、このような莫大な富を築く一方で、私たちは大きな課題に直面するようにもなりました。所得と富の格差が広がり、特に米国、中国、インドなどでは、ここ100年で格差は最大レベルに達しています。こうした状況は人々の間に苛立ちをもたらし、また、社会の全体的な発展にも悪影響を及ぼしています。多くの人々が教育、健康、技能などの面で本来の可能性を十分に発揮できない状態が続いてしまうからです。

ですから、今後は経済発展がすべての人々に公平に行き渡るようにしていかなければなりません。より包摂性と持続可能性の高い経済システムを作り上げれば、それにより私たち全員が恩恵を受けられるようになります。興味深いことですが、ここで世界中の国々は日本のベストプラクティスに学びたいと考えるはずです。それはまさに日本が世界の多くの国々より格差が少ない国だからなのです。

また、「コロナ禍による失業などの経済危機を乗り越えようと(各国政府は)債務を増やしている。これはいずれ未来の世代が払うツケであって、ある意味では彼らへの裏切り行為だ。次の世代への責任を重視した社会を模索し、弱者を支える世界を構築する必要がある。気候変動など危機への対応力や、新技術の発展に向けた規制の枠組みも考えないといけない」とも発言されています。未来の世代のために具体的な行動を取っていくために何が必要だと思われますでしょうか。

政府の債務は経済発展の今後の成り行きにとって極めて重大な問題となります。パンデミック以前に世界全体の債務残高はすでに過去最大を記録していましたが、パンデミックによって必然的な結果であるかのように、さらに急拡大しました。2021年初頭までに281兆ドルに達し、世界の国内総生産(GDP)に対する割合はおよそ355%に達するまでになっています。

こうした結果として生じる社会状況は、おそらく日本の皆さんもよくご存知でしょう。公債は、財源の大部分を返済に充てなければならず、政府にとって大きな負担となる可能性があります。日本はここ数年、インフレ目標の導入と低金利の維持により、この問題に非常にうまく対処してきたと言えるでしょう。しかし、そうだとしても危ういバランスの上に立ったものであり、成長の「失われた歳月」が依然として危険要因であることも見逃せません。

最終的に債務を持続可能なものにするためには、新たな利益を生み出す財政投資に役立てていくしかありません。ただし、政府や企業は単に債務を経常支出に充てるだけではなく、地球環境保全に配慮するグリーン経済への移行や、そのための新たな技術やイノベーションへの投資に充てるべきでしょう。

パンデミックの影響により、ただでさえ、各国政府がより持続可能性の高い経済システムを創造するための道は非常に狭まっています。公共投資や民間投資は必要なものですが、すでに大きな債務を抱えているのですから、最も生産性が高く、グリーン経済に寄与する投資だけが、後々の債務の減少につながるものと考えています。(後編へつづく)

(写真提供:世界経済フォーラム)

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画像2: 「グレート・リセット」で変貌するコロナ後の世界と経済
ステークホルダー資本主義の観点から展望する
【前編】「グレート・リセット」の真意とは――人々の幸福を中心とした経済へ

世界経済フォーラム(WEF) 創設者・会長
クラウス・シュワブ氏

1938年、ドイツ・ラーベンスブルグ生まれ。1971年に世界経済フォーラム(WEF)を設立した。フライブルク大学で経済学博士号、スイス連邦工科大学で工学博士号、ハーバード大学ケネディ行政大学院で行政学修士号を取得。1972年には、同フォーラムの主宰に加え、ジュネーブ大学の教授にも就任。国内外で17の名誉博士号を含む、数多くの賞を受賞している。
著書は『第四次産業革命 ダボス会議が予測する未来』(日本経済新聞出版)、『グレート・リセット ダボス会議で語られるアフターコロナの世界』(日経ナショナルジオグラフィック社)など。

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