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※本記事は、2021年4月1日時点で書かれた内容となっています。

名言とはちょっと違いますが、僕の大好物のジャンル、「うまいこと」の傑作をご紹介したいと思います。ある種の本質はとらえてはいるのですが、それよりも言語的な快感のほうが価値として大きいフレーズ、それが「うまいこと」です。

前回も紹介した名言王、サミュエル・ジョンソンの「うまいこと」です。「釣り竿は一方に釣り針を、もう一方の端に馬鹿者を付けた棒である」――うまい。藤沢さんがおっしゃるように、演出の基本は「意外性」にあります。これが快感を呼ぶ。

フランスの女優カトリーヌ・ドヌーヴは、「イタリアの男は2つのことしか考えていないわ。1つはスパゲティーのことね」。ここには省略の快感があります。

アメリカの自動車会社フォードの創始者ヘンリー・フォードは、「自分で薪(まき)を割れ。二重に温まる」。これは名言ですが、同時に相当の「うまいこと」でもあります。

ドイツの詩人ゲーテは、「焦っても何の役にも立たない。後悔はなおさら役に立たない。前者は過ちを増し、後者は新しい後悔をつくる」と言っています。これもまた名言にして一級の「うまいこと」だと思います。

画家のゴッホは、「誰もが世界を変えたいと思うが、誰も自分自身を変えようとは思わない」。 人間の本質を抉り出す「うまいこと」です。「変革だ、変革」という人ほど自分を変えようとしない。

中国の小説家魯迅(ろじん)は、「自由はもちろん金で買えるものではない。だが、金のために売り払うことはできる」。イタリアの彫刻家ミケランジェロは、「ささいなことが完璧を生む。しかし、完璧はささいなことではない」。対比の効いた「うまいこと」です。最初の“振り”をすぐにひっくり返す――これもまた「うまいこと」の王道です。

ドラッカーも名言の数々を残している人ですが、文章自体は教条的で僕はそれほど好きではない。でも、「元々やらなくてもいいことを効率よく行うほど、無駄なことはない」というのは、わりとうまいと思います。元も子もない、というパターン。それと似た例が、フランスの哲学者モンテーニュの「私がもっとも恐れるものは、恐れである」。確かにそうだよな、としか言いようがありません。それでいて、深い。

投資家のウォーレン・バフェットは、現役の名言王です。その言語センスにはほれぼれします。「我々が歴史から学ぶべきことは、いかに人々が歴史から学ばないかということだ」。これは名言の持つ本質要素と、「うまいこと」要素を両方とも最高度で兼ね備えた傑作です。しばらく前に書いた『逆・タイムマシン経営論』の主題となった名言です。

最後に、最近の傑作を紹介したいと思います。安倍前首相が病気を理由に退陣を決めた時、野党の女性議員がTwitterで「『大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物』を総理総裁に担ぎ上げてきた自民党の『選任責任』は、厳しく問われるべきであり、その責任を問い、政治空白を生じさせないためにも早期の国会開会を求める」とツイートしました。いくら公職にある人とはいえ、健康問題をネタにこんなことを言うのは失礼だという批判が巻き起こったときのこと。『日刊ゲンダイ』は、「『大事な時に体を壊す癖』って、政治家たるもの、こんな下品な言葉を使って総理を揶揄(やゆ)すべきではない。それをやるのは、日刊ゲンダイの仕事です」というツイートをすかさず放った。その反応の速度、フレーズのうまさ、しかも『日刊ゲンダイ』の存在理由を世の中に高らかにうたい上げている。うまい!の一言です。

画像: しびれる名言-その4
「うまいこと」の傑作

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

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楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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