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※本記事は、2021年4月1日時点で書かれた内容となっています。

世の中には語り継がれる名言があります。例えばローマの皇帝マルクス・アウレリウス。「見なさい。充実した意義深い生涯を送るためになすべきことが、いかに少ないか」――こうした名言がなぜ心に刺さるのかといえば、本質を突いているからです。しかも、フレーズが短い。延々と議論を展開して本質を教えてくれる論説ももちろん価値はありますが、名言は短いだけに頭に残る。だから、仕事や生活における実用性が高い。名言は実用的なものです。これは、と思う名言に出会うと、僕は「名言ファイル」にメモするようにしています。今回は、その中から実用性の高い名言をご紹介しましょう。

フランスの哲学者パスカル。「人間が引き起こす問題はすべて、一人で静かに部屋に座っていられないことに起因する」――いつも世の中「問題だ、問題だ」と騒がしいのは、結局人間は社会的な動物で一人で静かに部屋に座っていられない、自分の中だけで完結できないということです。今のコロナ騒動は、まさにそういうことでしょう。この名言によって自分の生活や仕事というのを一歩引いて見ることができる。だとしたら、自分はどうするか。思考と行動が触発されます。

イギリスの文学者サミュエル・ジョンソンの名言に、「もしある人が自分の不幸な出来事について話したら、そこには何か楽しんでいるものがあると思って差し支えない。なぜならば、本当に惨めさだけしかないとしたら、その人はそんなことを口にしないだろうから」というものがあります。自分の身を振り返ってもその通りだと気づかされます。人との会話の中でいろいろな不幸の話も聞きますが、その時にこういうことなんだろうなと思って聞いていると、人間関係もうまくいくような気がします。

人はみんな幸福になりたい。幸福は人間の最大の関心事ですから、幸福についての傑作名言は多々あります。ダンデミスという人が「他人の幸福をうらやんではいけない。なぜならあなたは、彼のひそやかな悲しみを知らないのだから」という言葉を残しています。フランスの哲学者モンテスキューは、「ただ、幸福になりたいと望むだけなら簡単だ。しかし他人よりも幸せになりたいというのであれば、それは困難だ。われわれは、他人はみんな実際以上に幸福だと思っているからだ」と言っています。

『箴言集(しんげんしゅう)』で有名なラ・ロシュフコーはさしずめ名言大魔王です。彼の「幸福になるのは、自分の好きなものを持っているからであり、他人が良いと思うものを持っているからではない」という名言には僕もかなり影響を受けました。人との比較が諸悪の根源。幸福や不幸というのはどこまで行っても主観的なものなので、大切なことは自分の価値基準に従って自分がいいとか好きだということを選んだり実行したりすることです。山口周さんの本の書評にも書いたことですが、「なぜ教養が必要なのか」とか「教養とは何なのか」ということを凝縮して表現している名言です。

名言業界は日進月歩で、今でも次々に多くの人を惹きつける名言が生まれています。たとえば、作家の伊集院静さんの「人はそれぞれ事情をかかえ、平然と生きている」。ジョンソンの名言と軌を一にしていますが、はっとさせられます。ついつい忘れがちな当たり前の大切なことに改めて気づかせてくれます。

フランスの政治家のシャルル・ド・ゴールの名言に「国家に友人はいない。あるのは国益だけだ」というものがあります。今も昔もこれからも、僕はこれこそが政治家にとって一番重要な価値基準だと思います。「しっかり」とか「スピード感をもって」とか、そういう副詞ばかりでまるで具体性のない政治家には、ぜひこの言葉を噛みしめていただきたい。

アイルランドの詩人にして作家のオスカー・ワイルドに、「善人はこの世で多くの害をなす。彼らがなす最大の害は、人々を善人と悪人に分けてしまうことだ」という名言があります。人間というのは、ほとんどの場合善悪ない交ぜになっているのに、「これはいい」「これは悪い」と単純に切り分けてしまうことが社会認識を阻害することになる。オスカー・ワイルドは、ほかにもさまざまな名言を残していますが、本当に深い人だと思わされます。

このように名言というものは、「本質的」で、「短い」、しかも、「はっとさせられる」。言われてみれば誰もが深く首肯することなのに言われるまで気づかない。この3条件を満たす言葉が人々の記憶の中で生き続ける名言となるのだと思います。

画像: しびれる名言-その1
名言3条件。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:仕事のスタンス。」はこちら>

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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楠木健の頭の中

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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