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※本記事は、2021年4月1日時点で書かれた内容となっています。

先人の名言に触れて、「ああ、そうだよな」と共感を覚える。それが仕事や生活への影響として残ることがあります。俳優の森繁久弥さんが、「そんなに大層なことは、この世の中にひとつもない」と言っています。これは僕が仕事をする上でかなり意識している言葉です。

アメリカのポップアーティストのアンディ・ウォーホルも、「それはあまり大した問題じゃない。私はいつもこの『それは大した問題じゃない』という哲学を持ってきた」と、似たようなことを言っています。仕事になると、「命を懸けてやっている」とか「死ぬ気でやれ」と言う人がいますが、本当に死んだ人はあまりいない。「仕事は仕事」と思っていたほうがかえって気持ちよく集中できる。これは大変だという事態に仕事で直面したときでも、「いや、そんなに大層なことではない」と思えば、また切り抜けるアイデアもでてくるというものです。

これまで何回も触れてきた女優の高峰秀子さんの名言に、「言ってわかる人には言わないでもわかる。言わなきゃわからない人には言ってもわからない」があります。自分は自分なりの考えを人さまに提供するという仕事をしています。この日立のEFOもその場のひとつです。僕は自分の考えや意見を述べるとき、人を説得しようという気持ちを持たないようにしています。人それぞれに考えがある。分かってくれる人が分かってくれればいい、というのが僕のスタンスです。

アメリカの大実業家のアンドリュー・カーネギーは、「笑い声のない所に成功はない」と言っています。まったくその通りだと思います。僕が話したり書いたりすることは主として経営商売に関わることが多いのですが、なるべく笑いがあるほうがいいと思っています。笑いの中に真実がある。受け手の側にちょっとした笑いが起きるというのは、その人の頭や心に届いているということです。

私の好きな画家の山口晃さんは「制作とは、だんだんできていく過程ではない。最初に100あった可能性が、90、80、70と削られていくプロセスだ」と言います。この名言は僕にとって重要な教訓となっています。本を作る場合、制作前の頭の中では100であったものが、言語化する過程で絶対にロスが生じます。これが気になっているうちは、いつまでたっても本はできません。何かを作るということは、必ず削られていくものです。そう思っているほうが仕事が楽になるし、アウトプットも出しやすい。とても実用的な名言です。

「喜劇を演ずる時にみんなが陥りやすいのは、とにかくウケようとすることなんですね。僕は、結果としてウケなきゃいけないと思うから」――喜劇俳優の伊東四朗さんの名言です。こうやればウケるのではないかと狙ってやったことは大体うまくいかない。自分の意図を達成するために、最終的にお客さまに何を残すのか、そこから逆算した結果として、ウケる。ウケることを狙ったウケはしょせん大したウケにはならない。

小説家のヘミングウェイは、「心の底からやりたいと思わないなら、やめておけ」と言っています。今ウケそうなことに合わせていくよりも、まずは自分の中にどうしてもやりたいこととか、人に言いたいことがあるのが先決です。最初のサーブ権は常にこちら側になくてはならない。どんな仕事にも言えることだと思います。

アイルランドの文学者バーナード・ショーの名言に、「美しい景色を探すな。景色の中に美しいものを見つけるんだ」があります。僕の仕事でいえば、同時代の多くの人々が関心を持つようなDX(デジタル・トランスフォーメーション)やジョブ型雇用といった事象は「美しい景色」かもしれません。こういうテーマを追いかけるのではなく、もっとありふれた景色の中に本質や論理を見つけ出す。僕は自分の仕事に対してそうありたいと思っています。

「さあ、俺も立ち上がるかな。まあ、もう少し座っていよう」――いかにも武者小路実篤らしい名言です。機が熟すのを待つ。これは僕の仕事にとって最重要の原理原則の一つです。多くの場合まわりの人を見て、俺も立ち上がろうかなと思いがちですが、まあ、もう少し座っていようという構え、これが結局は仕事の質を高めることにつながると考えています。

日本の劇作家・小説家である井上ひさしさんのこの言葉は、僕にとっての仕事の理想を凝縮して表現しています。「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく」(※)こういう仕事ができたら最高です。仕事の指針としていつも心に留めています。

※ むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに書く」など、バリエーションや続きがあるなどの説もある。

画像: しびれる名言-その2
仕事のスタンス。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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