「第1回:『無敗の男』中村喜四郎」はこちら>
「第2回:ピラミッドvsフルフラット。」はこちら>
「第3回:超絶ハンズオン。」はこちら>

※本記事は、2021年3月5日時点で書かれた内容となっています。

地域廻りと喜友会の活動に徹底的に集中する中村喜四郎の戦略は、いくつものトレードオフに立脚しています。つまりは、何をやって、何をやらないか。トレードオフがはっきりしているから、競合との違いが鮮明になる。彼がやっていることよりも、「やらない」と決めていることに差別化の本質があります。

例えば口が裂けても絶対に自分の実績は言わない。手柄で人に認めてもらうのではなく、あくまでも日常の活動で認めてもらわないと本当の自分の価値は伝わらない。だから、地元でのルーティンに集中する。これは、利権や利害とは無縁な喜友会という組織づくりと論理的につながっています。

喜四郎は1994年、いわゆる「ゼネコン疑獄」で逮捕されています。刑事被告になったあと実際に有罪判決を受けて、刑務所に入ります。逮捕から裁判を経て仮釈放になるまで約10年間。裁判中も選挙に出て勝ち続けます。有罪が確定して失職し、刑務所から出てきてすぐに立候補した選挙でも、圧勝しています。

逮捕される前の喜四郎は、将来の総理大臣を嘱望される自民党竹下派の若きエースでした。しかし、政治献金がゼネコン疑獄につながってしまった。以来、政治献金は一切受け取らないことに決め、献金集めの「励ます会」や出版記念会なども一度もやっていません。

自画自賛や自己陶酔は一切やらない。政治献金は受け取らない。事務所も持たず、全部自宅でやる。そして、マスコミとは一切会わない。常井さんの『無敗の男』を読むまで、僕は中村喜四郎について全然知りませんでした。常井さんが最初の単独インタビューを行ったのは2014年。それまで1回もマスコミと会っていないというのですから筋金入りです。

ホームページはありますが、ぜひチェックしてみてください。見事に何も書いていない。SNSもやらない。何をやって何をやらないかが普通の政治家とちょうど逆になっています。これが違いを際立たせる。しかも、やらないことがはっきりしているから、あの異様なハンズオンのルーティンを半世紀ずっと続けられる。

彼の場合、ふだんから選挙運動をずっとやっているようなものですが、12日間の選挙期間になるといよいよ本領を発揮します。1日12時間、20か所で演説。夜は個人演説会を開き、2時間演説をして1,000人以上と握手をする。これをきっちり12日間繰り返す。

そのためには効率良く動き回らないといけないので、全部自分1人でオートバイに乗って回るそうです。演説する場所に到着すると、わざとアクセルをふかしてブルンブルンと大きな音を出して、キュキュッと急ブレーキで止まる。このサーカスみたいな登場の仕方がトレードマークになっていて、バーッと演説して、ダーッと握手して、またブルンブルンと大きな音を出して次の演説先に行く。これ、かなり笑えますけど、彼は本気なんです。

喜四郎のように無所属の人というのは、選挙のために使える車両がルールで1台までと限られているそうです。スピーカーを付けた選挙カーがすでにあるので、125cc以上のバイクは自動車と見なされるため使えない。そこで彼は、数にカウントされない50ccのバイクを使って演説先へと移動します。ただし問題は、今の50ccのバイクはほとんどがノークラッチだということ。ノークラッチだとトレードマークのブルンブルンという空ぶかしができない。調べると、50ccで荷物が積めてクラッチが付いているのは、2007年に生産終了しているホンダのベンリーというバイクしかない。喜四郎はこれを2台所有しています。替えがきかないので選挙中は毎晩点検するそうです。

バイクで移動するとき、冬でも手袋はしない。なぜなら、現地に着くとすぐに有権者と握手することになる。そのときに手が冷えてないと、印象に残せない。伝えるべきは言葉以上に「生き方」だと喜四郎は断言しています。

YouTubeで彼の演説を見ることができますが、その迫力と面白さには驚かされます。もはや大衆芸能と言っていい。実際に彼の選挙の決起集会には、お祭りに参加するように地域の人が5,000人も集まるそうです。自民党の党大会でも3,500人くらいですから、その動員力は圧倒的です。さらに重要なことは、彼の演説会場に来る人たちに「仕方なく来ている人」がいないということです。自分の意思で来ている。メリットを期待する人もいません。応援しても利害や利権のメリットが一切ないからです。

演説が終わると、すぐに演台から降りて握手しながら会場を回り、名刺交換。名刺をもらった相手には、秘書がすぐに連絡して演説の感想や改善点を詳細にヒアリングして、その報告を基に演説の内容を改善していく。伝わっているか、届いているかの分析と改善を、ものすごいショートサイクルで回していくわけです。

この一連の選挙活動のコンセプトは、一貫して「党より人」。この4文字を、街宣車にも選挙運動中にかぶる帽子にも付けています。このコンセプトを具体的な活動にブレイクダウンしたものが彼の戦略ストーリーです。それぞれの打ち手が頑健な論理でつながっている。コンセプトにつながらないことは一切しない。だから、刑務所に入っても変わらない得票数を獲得できる。続ければ続けるほど強くなるという累積的競争優位の見本のような戦略です。

画像: しびれる戦略 無敗の男篇-その4
コンセプトは「党より人」。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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