株式会社日立製作所 大澤 郁恵/渡辺 薫/経営コンサルタント・サクセスラボ株式会社代表取締役 弘子 ラザヴィ氏
本質的なイノベーションは、カスタマーサクセスなくしては実現しない。より良いものをつくっているだけでは、“自分の課題を解決してくれる、なくてはならない存在”だと思ってもらえないのだ。では、顧客に新たな価値をもたらすイノベーションとはどのようなものか。具体的なケースを挙げて解説していく。

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モノ起点ではなくWho起点で経営すべし

渡辺
弘子さんが2019年に上梓した『カスタマーサクセスとは何か』(英治出版)には、カスタマーサクセス実現のための手法も書かれていますが、おそらく弘子さんがこの本で一番伝えたかったのは、手法ではなく、日本企業はカスタマーセントリックな(顧客中心の)企業にトランスフォーメーションするべきだという思いではないでしょうか。

弘子
カスタマーサクセスはDXの本質です。日本企業にそのことを理解してもらわなければ、アメリカの手法をそのまま持ちこんでも絶対にうまくいかないと思っています。

渡辺
DXとカスタマーサクセスについては、弘子さんの会社(サクセスラボ)が2019年に主催した「Success4」での、ダン・スタインマンさんの講演が印象に残っています。彼は、私たちが青本と呼んでいる『カスタマーサクセス』(英治出版)の著者の一人でもありますが、その講演の中で、「アメリカでビデオやDVDレンタル店を運営していたブロックバスターを倒産させたのは、Netflixではなく延滞料だ」と指摘していましたね。

これは私の理解ですが、ブロックバスターは、借りに行ったり返すのに多少手間がかかったり、延滞料がかかったりしても、「画質が良いDVDの豊富な品揃え」があれば、お客さまは離れないと思い込んでいたのです。Netflixのストリーミングサービスが始まった当時は、品揃えや画質でレンタルDVDに見劣りするところがあったことは否めないと思います。でも、コンテンツの品揃えや画質は、時間が経てば大幅に改善することは十分に期待できることでした。だから、お客さまは「お店に行かなくてもよい、延滞料がない」新しいサービスに軽々と乗り換えてしまった、ということだと思います。

結局、延滞料を徴収していたブロックバスターは、顧客のことを知らなかったが故に、ディスラプティブ(破壊的)なイノベーションを前に淘汰されていきました。ですから、DXを推進する上では顧客を知るべきですし、カスタマーサクセスは無視できません。

画像: 「Success4」での弘子氏による開幕基調講演(2019年12月)

「Success4」での弘子氏による開幕基調講演(2019年12月)

弘子
しっかりとお客さまを見ましょう、モノ起点ではなくWho起点で経営しましょうということです。

渡辺
イノベーションを起こそうとするのにも、お客さまを理解しなくてはならないですよね。ですから、イノベーションとカスタマーサクセスはDXの両輪だと言えます。単にイノベーションを起こすだけでは、お客さまにとっては使いにくかったり価値を引き出しにくかったりして、サクセスギャップが生まれます。そのギャップを、カスタマーサクセスで埋め、そして次のイノベーションを起こす。DXをビジネスとして成功させるには、これが重要だと感じています。ただ、両輪であるにもかかわらず、イノベーションにばかり一生懸命な企業が多くはありませんか?

画像: モノ起点ではなくWho起点で経営すべし

Photo by 秋山由樹

弘子
日本企業はモノのイノベーション、つまり小さなイノベーションに一生懸命ですね。そこにバリューのイノベーションはありません。そのモノを使う人の仕事が、生活が、ハピネスがどう変わるかまで見えていないのです。

例えば自動車もそうです。日本の自動車メーカーは、速さや燃費など自動車のスペックのイノベーションばかり進めています。でも、その自動車で移動するのは人間です。自動車は移動というストーリーの一部でしかないのですから、まずは移動全体の設計ができないと、本質的なイノベーションが生まれません。

一方でテスラはどうかというと、乗った人に「これはもはや車ではない」と思わせるような自動車をつくっており、日々、収集した膨大なデータをもとに、ソフトウェアの機能を最適化・進化させ続けています。まさにカスタマーサクセスを実践している企業だと思います。実際に、こんな話があります。ビートラックス(btrax)というデザイン会社の創業者であるブランドンさん(Brandon K. Hill)というアメリカ人が、長期出張する知人からテスラを借りて乗ってみたら、「これはもはや車ではない」と衝撃を受けたそうなんですね。彼には日本の自動車メーカーに勤める知人も多いので、機会があれば乗せてあげていたそうです。すると「すごい」と反応する人と「どこがすごいのかわからない」という人とに二分された。日本では、テスラに乗ってもその価値をわからない人、価値を感じる人の気持ちがわからない人も、自動車をつくっているということです。

お客さまにとっての価値を「見える化」する

大澤
日立も、私たちのプロダクトがどのようにお客さまの「価値」につながるのかを考えてプロダクトをつくっていかないといけません。そうした意識を醸成するため、いくつかの社内プロジェクトを行ってきましたが、とても手応えを感じています。みな、お客さまのことを知りたがっていますし、自分たちのテクノロジーがどのようにお客さまに価値をもたらすのかがクリアになると、その瞬間に目の輝きが変わります。

画像: お客さまにとっての価値を「見える化」する

Photo by 秋山由樹

弘子
素晴らしいですね。具体的にはどのようにプロジェクトを進めているのですか?

大澤
まずはお客さまについて話し合うことから始め、お客さまの課題を知ろうとする姿勢を強化します。そうすると、日立として何ができるのかがわかってくるのです。価値という言葉を使うと「価値って何?」となってしまいがちなのですが、お客さまの業務を丁寧にとらえ、お客さまの課題から考えることで、パッと光が射すように感じています。

渡辺
カスタマーサクセスという言葉を全社員が理解しているかというと、まだそこまでではありません。ただ、日立ではだいぶ以前からお客さまとの協創(co-creation)を掲げ、お客さまにどのような価値をつくるか、どのようなサクセスを届けるべきか、その「見える化」のためにExアプローチ(※1)やNEXPERIENCE(※2)という手法を開発してきました。

大澤
こうした手法の存在は私たちの仕事にとても役立っています。お客さまからも、確立された分析手法があることで、お客さま自身が認識していなかった課題を理解しやすい、具体的に何をすればいいかがわかりやすいといった評価をしていただいています。カスタマーサクセスがどのようにビジネスにつながっていくのかの理解も助けていると感じています。

(※1) Exアプローチ:経験価値(Experience)に着目し、新たな事業やサービスをお客さまとともに「協創」するための手法。
http://www.hitachi.co.jp/products/it/ex_approach/about/
(※2) NEXPERIENCE:お客さまとのワークショップを通じて、さまざまな知見を多角的に見える化しながら、新規ビジネスを創り上げていく顧客協創方法論。新規ビジネス創出のための「手法」、手法を支援する「ITツール」、ワークショップでの議論を支援する「顧客協創空間」で構成されている。
https://www.hitachi.co.jp/rd/glossary/en_n/nexperience.html

画像1: カスタマーサクセスが企業に大変革をもたらす
【第3回】イノベーションとカスタマーサクセスはDXの両輪

弘子 ラザヴィ(ひろこ・ラザヴィ)

経営コンサルタント/サクセスラボ株式会社代表取締役
一橋大学経営大学院修士課程修了。公認会計士として数多くの企業実務に触れたのち、経営コンサルタントに転じる。ボストンコンサルティンググループでは全社変革・企業再生プロジェクトを、シグマクシスではデジタル戦略プロジェクトなどを牽引。2017年、スタンフォード経営大学院の起業家養成プログラム参加時にカスタマーサクセスに出会い、帰国後にサクセスラボ株式会社を設立。シリコンバレーのネットワークを活かし、カスタマーサクセスに本気で取り組む日本企業を支援している。情報サイト「サクセスジャパン」の運営を通して、カスタマーサクセスに関する情報の普及に努めている。著書に『カスタマーサクセスとは何か 日本企業にこそ必要な「これからの顧客との付き合い方」』(英治出版、2019年7月)。

画像2: カスタマーサクセスが企業に大変革をもたらす
【第3回】イノベーションとカスタマーサクセスはDXの両輪

渡辺薫(わたなべ・かおる)

株式会社日立製作所 社会イノベーション事業推進本部 エグゼクティブSIBストラテジスト
ハイテク企業で経営企画&マーケティングを経験したのち、90年代のデジタルマーケティングの黎明期にはエバンジェリスト&コンサルタントとして活動。その後、外資系ITサービス企業等でITサービスのマーケティング、コンサルティング等に従事し、2010年日立製作所に入社。超上流工程のコンサルティング手法の開発と指導にあたる。現在は、日立グループのデジタルトランスフォーメーションの戦略策定・実行のサポートと人財育成に注力している。

画像3: カスタマーサクセスが企業に大変革をもたらす
【第3回】イノベーションとカスタマーサクセスはDXの両輪

大澤郁恵(おおさわ・いくえ)

日立製作所 社会イノベーション事業推進本部 戦略本部第一部主任
日本学術振興会特別研究員としてオントロジー工学の観点からコミュニティ機能の研究に携わり博士号を取得(知識科学)。2016年日立製作所に入社し、社会イノベーション事業の社内推進業務に従事。現在、カスタマーサクセス活動の加速を目的とした社内コミュニティを立ち上げ、普及・推進活動に取り組んでいる。

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シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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