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利他主義は将来世代にも資するものでなければならないと語るアタリ氏。将来世代だけでなく、他者が幸福であることで現役世代も利益を得ることを理解し、ポジティブな社会の実現に向けて、「命の経済」を発展させることが鍵になると提言する。

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「第2回:利他主義とポジティブな社会」
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ポジティブな社会を実現する条件は

エグゼクティブ・フォーサイト・オンライン編集部(以下EFO)
話がすでに2つめのテーマに入ってきました。「利他主義とポジティブな社会」というテーマです。ポジティブな社会という観点から、アタリさんは未来世代のためにどのような世界を構築すべきだとお考えになるでしょうか?

このテーマをめぐって3つの質問があります。利他主義についてはすでにご説明いただきましたが、さらに詳しくご説明いただけませんか。アタリさんのご著書『命の経済』は日本でも去年翻訳出版され、多くの人が読みました。その中でアタリさんは、再三再四、ポジティブな社会の実現の鍵になるのは利他主義であるとおっしゃっています。そのことを、もう一度ここでお話しいただけますか。そして、現在の価値観をどのように変える必要があるとお考えでしょうか。

ジャック・アタリ(以下JA)
ポジティブな社会とは、将来世代の利益になるように努めることを、絶えず念頭に置いている社会です。そうできるのは、将来世代の利益になることが、自分たちの利益にもなることをよくわかっているからです。

日本を例に考えてみれば一目瞭然でしょう。日本のように子供の数がどんどん減っていって、やがて将来世代がいなくなってしまえば、これはもう破滅です。その破滅は、現在の世代の破滅でもあります。将来世代の数が少なくなることで、大いに困るのは現在の世代なのです。だから現在を生きているわれわれは、将来世代が幸福であることで利益を得るのです。そして将来世代だけでなく、他者が幸福であることでわれわれは利益を得るのです。

他者というのは、先ほども言ったように、隣人のことでもあり、遠く離れている人のことでもあります。われわれを取り巻くすべての人のことです。そして自然が幸福になることも、われわれの利益になります。海や植物、動物界はわれわれ自身の生存条件の基盤なのですから、その幸福がわれわれの利益になるのです。ポジティブな社会にするためには、経済におけるポジティブな活動をもっと拡大しなければなりません。そのことによってわれわれは利益を得るのですから。

「命の経済」をどう位置付けるか

EFO
ポジティブな活動を拡大することで、われわれが利益を得ることはよくわかりました。そこで、社会における「命の経済」とはどういったものなのか? ポジティブな社会の実現という構想のなかで「命の経済」はどのように位置付けられるのでしょうか。

JA
ポジティブな活動が必要なのは、経済だけではありません。教育においても、家庭内においてもポジティブな振る舞いが必要です。政治や、文化においても同様ですね。でも、とりわけ経済において、社会をポジティブにするために有益な部門を発展させる必要があります。ポジティブな社会にとって有益な部門とは何か? それこそが「命の経済」部門なのです。すなわち、健康、教育、公衆衛生、食糧、農業、デジタル、安全、文化、流通、グリーンエネルギー、ごみ処理、リサイクルその他の部門のことです。現状では、こうした部門は全世界の生産高の半分程度しか占めていません。これを80%まで高める必要があるでしょう。

利他主義こそが、個人・企業を利する手段

EFO
なるほど。一言で「命の経済」と言っても、広範囲に渡って考える必要があるのですね。アタリさんの今のご説明で、問題が非常に広範囲に渡ることがよくわかります。いま現在は、そうした部門が世界の生産高の半分にしかなっておらず、これを80%まで高める必要があると。たいへん興味深いお話です。

さて、次の質問ですが、アタリさんは「利己的な利他主義」と、よくおっしゃいますが、それはどういう意味なのでしょう。なぜそれがいま、必要とされているのでしょうか?

JA
われわれはいつだって、利他主義であることで自分が利益を得るのです。個々人は、人嫌いだから無人島でひとりきりで生活しているということでもないかぎり、利他主義によって利益を得ます。営利企業も同様に、利他主義であることから利益を得るのです。なぜなら、顧客が満足することが企業の利益につながるからです。日立のような会社も利他主義であることには利益があります。自社の製品が売れること、人びとが日立の製品に満足することが利益になるからです。人々の満足というのは、顧客の幸福だけではありません。協力してくれている他社の幸福でもありますし、企業が立地している都市の幸福でもあります。つまり営利企業は自社を取り巻く“あらゆるもの”が満足することで利益を得るのです。

個々人の生活でも同じです。われわれは人生の伴侶や家族が満足することで利益を得ます。その人たちが生きていること、幸せであることは、われわれ自身の利益なのです。この利益は永遠のものです。さらには自分の知らない人の幸福も自分の利益になるのです。先ほども言いましたが、われわれは人類全体が幸福になることで利益を得ます。今はまだここに存在していない人びとの幸福からも利益を得るのです。

利己主義に向かう人が増大している

この利他主義の対極に利己主義があります。今日では、多くの人が利己主義になっています。それが最良の生き方だと信じているからでしょう。「ミー・ファースト」というのは、市場経済のシニカルな論理です。口を開ければ「ミー・ファースト、ミー・ファースト」ばかり。命の重要性に対する自覚が深まる中で、利他主義に向かう傾向と、利己主義に向かう傾向とがあることが見て取れます。2つは相対立する傾向ですが、どちらのベクトルもあります。でも利己主義に向かう動きの方が大きくなっています。

金融市場における利己主義はもちろんですが、孤独に生きている人たち、ますます孤独になっていく人たちの利己主義があります。ビデオゲームやテレビを前にしての孤独、SNSの中でも孤独な人たちの利己主義です。そういう人たちが完全に引き籠もっている世界は、ますます内向的になる一方です。引き籠りの孤独の中に幸福があると信じているのです。

中には仏教を極端に歪曲した解釈に幸福を見出せると信じている人もいます。「ZEN」、つまり瞑想のことですね。他者との関係を一切断ち切って、その境地に至ることに意味があると思っている……。このように、2つの大きな流れがあります。1つは、個人主義、つまり「自分のため」に向かう傾向。これは死を招きます。もう1つが利他主義に向かう傾向。生き残るためにはこれしかないということをわかっている人が選ぶ“道”です。(第3回へつづく)

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画像: ジャック・アタリ氏特別インタビュー「ポストコロナの社会とビジネス」
【第2回】利他主義とポジティブな社会

ジャック・アタリ

1943年アルジェリア生まれ。フランス国立行政学院(ENA)卒業、81年フランソワ・ミッテラン仏大統領特別補佐官、91年欧州復興開発銀行の初代総裁など要職を歴任。政治・経済・文化に精通し、ソ連の崩壊、金融危機、テロの脅威、ドナルド・トランプ米大統領の誕生などを的中させた。

著書は、『命の経済――パンデミック後、新しい世界が始まる』(プレジデント社)『2030年ジャック・アタリの未来予測―不確実な世の中をサバイブせよ!』(プレジデント社)『21世紀の歴史――未来の人類から見た世界』(作品社)『危機とサバイバル―21世紀を生き抜くための〈7つの原則〉』(作品社)『アタリ文明論講義:未来は予測できるか(筑摩書房)』など多数。

シリーズ紹介

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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