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福岡 伸一氏 分子生物学者・青山学院大学教授/山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
哲学者、池田善昭氏との交流などをきっかけに、西田幾多郎の哲学に取り組んだ福岡氏は、西田哲学の核となる生命観「絶対矛盾的自己同一」と、動的平衡との共通点に気づくことで西田哲学がわかってきたと語る。それを受けて山口氏は、「解る」とはどういうことか、歴史学者、上原専禄の言葉を示す。

「第1回:sense of wonderを取り戻す」はこちら>
「第2回:生命現象は要素と要素の相互作用である」はこちら>
「第3回:『動的平衡』と『絶対矛盾的自己同一』」
「第4回:ピュシスとロゴスという矛盾を含む人間」はこちら>
「第5回:『芸術と科学のあいだ』には何があるか」はこちら>

西田哲学を読む

山口
先生の著作はどれも示唆に富んでいて愛読しておりますが、特に驚きだったのが哲学者の池田善昭先生との共著『福岡伸一、西田哲学を読む』です。西田哲学は学部時代に学んだものの、率直に言って難解でした。それが動的平衡という先生の世界観を突破口とすると、簡単ではないけれど、「絶対矛盾的自己同一」という西田哲学のコア概念を読み解く手がかりができるのですから。

福岡
私も一応、京都大学で学びましたから、京都学派の始祖である西田幾多郎の名前は存じ上げていましたが、学生時代に西田の著作をきちんと読んだことはありませんでした。それがたまたま数年前に、近代日本の思想史をたどるテレビ番組に参加して、西田の足跡を訪ね、文献を学ぶ機会を得られました。他方で、「統合学(※)」という新しい思考の枠組みをめざす学者の集まりで、京都大学の哲学科ご出身の池田善昭先生とお近づきになり、「福岡さんの動的平衡は西田幾多郎の絶対矛盾的自己同一と同じ世界観だ」というふうに言われたのです。私も驚いたのですが、それらのことをきっかけに、池田先生のご指導の下、西田哲学の広大な思想の森に踏み込んで世界観をおぼろげながらつかんだ記録をまとめたのがその本です。

西田の著作はまず言葉が難解なうえ、「何々は何々でなければならない」という命令口調にも最初は馴染めないのですが、何度も、何度も読んでいくうちに、少しずつですがわかってきます。例えば、西田哲学を読み解くうえでの主題になる「絶対」という言葉の使い方。哲学科を出られた山口さんには釈迦に説法だと思いますけれど。

山口
いや、僕は劣等生でしたから(笑)。

福岡
哲学も含めて、科学というものはすでに自分たちが感得していることを言葉で言い直す作業にすぎないと思います。その言葉の解像度を上げていくことで、この世界をよりきれいに整理して、読み解くことができるようになるのです。私が提唱した動的平衡も、シュレーディンガーやシェーンハイマー、宮沢賢治や西田幾多郎がすでに感得していたことの解像度を上げただけとも言えます。

例えば西田の「絶対」という言葉、これを普通に絶対と解釈するとそれ以上理解が進まなくなってしまいます。そこで、池田先生のお力を借りながら、その言葉の解像度を高めることをめざしました。

それによっておぼろげながらわかったのは、西田が「絶対矛盾」や「絶対無」と言うときの「絶対」とは、「相反する二つのこと、逆方向の力の作用が、同時に存在している」という意味なのです。つまり「絶対矛盾」とは、矛盾する二つのベクトルが同時に存在しているということです。「絶対無」とは存在と無が同時にある場所、二元論では割り切れない、有るようで無いという概念を意味します。西田は、そうした相反する二つのことの「あいだ」を思考したのです。そのように解像度を高めることで、西田哲学の全容に少しだけ迫ることができました。

西田が「生命とは絶対矛盾的自己同一である」と言っているのは、相反する作用を同時に含むものが生命であるということ。つまり合成と分解、あるいは酸化と還元という逆方向の反応を絶え間なく繰り返しながら平衡状態を保っているという動的平衡の生命観とつながったわけです。

※統合学:理系と文系、東洋と西洋、サイエンス(自然科学)とヒューマニティーズ(人文科学)など、分断されてしまった人類の知恵をもう一度統合しようとする試み。

画像: 西田哲学を読む

「解る」と「変わる」

山口
私の好きな歴史学者の1人、阿部謹也は、高名な歴史学者であった上原専禄に師事していました。当時、上原専禄はゼミ生が何か報告をすると、「それでいったい何が解ったことになるのですか」と問うていたそうです。何度もそう尋ねられているうちに阿部謹也は「そもそも解るということはどういうことなのか?」がよくわからなくなってきて上原専禄に尋ねたそうです。「先生、解るとはどういうことでしょうか?」と。

福岡
それはぜひ知りたいです。

山口
上原専禄は「解るということはそれによって自分が変わるということでしょう」と言ったそうです。阿部謹也は、それも大きな言葉だったと記しています。

福岡先生のケースで言えば、マウスのGP2遺伝子を無効化しても何も起こらなかったことをきっかけに、世界観を書き換えられた。それはおそらく福岡先生にとっては「解ることで変わる」ことだったと思います。西田哲学も、自分のフレームの中で理解しようとするとわからないわけですね。なぜなら自分が変わっていないから。だから、「解る」と「変わる」が同時に起こらないと、本当にわかったことにはならないということだと思います。

これは、ウイルスとの向き合い方にも分断という問題にも言えることですが、相手を理解しようとするだけでなく、それによって自分の認識や行動を変えなければ、本当の意味で解決はしないということです。そうした意味で、上原専禄の言葉は今日の社会においても重みを持っていると感じます。

福岡
それはとてもいいエピソードですね。阿部謹也先生がどこかに書いておられるのですか。

山口
『自分のなかに歴史をよむ』の第1章に書かれています。

福岡
読んでみます。おっしゃるとおり、事実そのものは変わらないのです。私は私という現象としてあるし、GP2ノックアウトマウスは何事も起こらないという現象としてある。だからそれを見て自分がどうパラダイムを変えていくかということが、まさに「解る」ということなんだなと、今わかりました。(第4回へつづく)

「第4回:ピュシスとロゴスという矛盾を含む人間」はこちら>

画像1: 本質は「あいだ」にある 〜動的平衡という生命のあり方に学ぶ〜
【第3回】「動的平衡」と「絶対矛盾的自己同一」

福岡 伸一(ふくおか・しんいち)

1959年東京生まれ。京都大学卒。ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、2004年青山学院大学理工学部化学・生命科学科教授、2011年総合文化政策学部教授。米国ロックフェラー大学客員研究者兼任。農学博士。
サントリー学芸賞を受賞し、85万部を超えるベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)など、“生命とは何か”を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。ほかに『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)、『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『変わらないために変わり続ける』(文藝春秋)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)、『生命科学の静かなる革命』(インターナショナル新書)、『新版 動的平衡』(小学館新書)など。対談集に『動的平衡ダイアローグ』(木楽舎)、翻訳に『ドリトル先生航海記』(新潮社)などがある。

画像2: 本質は「あいだ」にある 〜動的平衡という生命のあり方に学ぶ〜
【第3回】「動的平衡」と「絶対矛盾的自己同一」

山口 周(やまぐち・しゅう)

1970年東京都生まれ。電通、ボストンコンサルティンググループなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『武器になる哲学』(KADOKAWA)、『ニュータイプの時代』(ダイヤモンド社)など。最新著は『ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す』(プレジデント社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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