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この使節団における意義の第一は、大久保が参加していたことである。
維新革命の立役者は四人とされるが、幕藩体制の破壊に功績があっても、明治新政府の建設者でありえた人は少ない。西郷は倒幕の主役であったが新国家の建設にはかかわりえなかった。木戸は健康上の理由もあって大きな役割を果たすことはできなかった。岩倉は天皇国家の建設には一級の功労があったが、トータルな意味では脇役といってよかった。
明治国家の建設において主導権を握ったのは断然大久保である。帰国後の明治6年から11年に暗殺されるまでの間に、日本近代化の基本路線をしっかりと敷いたといえるだろう。
大久保の見聞した欧米の姿
まず米国での見聞であるが、前述の通り、ワシントンで条約改正の一件があり天皇の委任状を取りに帰国することになったため、米国での学びはあまり大きいとはいえない。サンフランシスコでの2週間に及ぶ滞在と英国渡航前のボストンでの滞在が見聞の大要を占めており、それは西洋文明見学の予備段階として理解すべきで、英国での123日間における濃密な見聞こそ学びの核心であり、大久保の考えに根本的な影響を与えたといえる。
当時のロンドンは、大英帝国の最も華やかなりし頃であるから、すでに米国を見た一行の目にも驚きの連続だった。ロンドンの人口は325万、街は4階から8階建ての大建築で埋まり、テームズ川には13本の橋が架かって、そのうち4つの橋には蒸気車が走っていた。
一行は、バッキンガム宮殿近くのホテルを拠点に市内各所を精力的に見て歩いた。議会、イングランド銀行、証券取引所、郵便電信局、海軍省、兵器工場、港湾施設など、それは七つの海に通じ、情報や金融においてもまさに世界の中心をなしていたのだ。
そして一行は、ハリー・パークスの案内で英国巡遊の旅に出る。リバプール、マンチェスター、グラスゴー、ニューカッスル、ベッドフォード、バーミンガム、チェスターなど鉄と石炭、機械生産と貿易システム、運輸交通通信施設の数々を視察。大久保はその印象を当時スイスにいた後輩の大山巌宛ての手紙で次のように書いた。
「この度の廻歴は誠に面白く、およそ有名の場所々々は経過いたし、裁判所、牢屋、学校、貿易会社、製作所は造船所、製鉄所をはじめ白糖機械、紙漉器械、毛織物、絹織物、銀器、刃物、ガラスその外、石炭山、塩山、あるいは古寺古城など至らざる処なし、いずかたに参り候ても、地上に産する一物もなし、ただ石炭と鉄のみ、製作品はみな他国より輸入して之を他国に輸出するものなり、製作場の盛んなることはかつて伝聞する処より一層増さり、至るところ黒煙天に朝し、大小の製作所を設けざるなし、英の富強なる所以を知るに足るなり」
面積も人口も日本とさして変わらない島国の英国が、いかにしてこの繁栄を勝ち得たのか、その格差は一見すると天を仰ぐほどだが、その歴史を顧みればたかだか50年くらいのことであり、縮めていえば40年くらいのことだと一行は洞察する。
仏国では、文明文化の頂点、欧州中央の歴史ある名門国家の様相を見て感嘆する。工業国としては英国が最盛を誇るが、文明の熟成度においては仏国・パリが世界一だとの印象を受ける。さらに大久保は、普仏戦に敗けた後の仏国を短期間に「華の都」に復したティエール大統領の手腕に感銘を受け、小柄な75歳の翁に感服して「豪傑」だと賞賛している。
そして独国を訪れる。この国は先の戦争で仏国に勝ち、統一国家を作り上げた新興の気溢れる国であり、皇帝ヴィルヘルム一世と宰相ビスマルクが采配する有司専制の国だった。ビスマルクは一行を宴に招き親しく話しかけた。「国際社会は表向き礼儀ある紳士国のような付き合いをしているが、現実には大が小を侮る弱肉強食の世界であり、後進の独国が富国強兵をはかるのもそこに原因がある」と説いた。
大久保もこのスピーチに共鳴すること大きく、「米・英・仏などは梯子を掛けても届かぬ」が、独国あたりが当面のモデルには適当と思ったと考えられる。国家としての統一もわずか3年前のことであり、気質についても仏国とはちがい質朴重厚で礼節に篤く、大久保の好尚にあった。
※日立「Realitas」誌27号に掲載されたものを、著者泉三郎氏の許可を得て再構成しています。
泉 三郎(いずみ・さぶろう)
「米欧亜回覧の会」理事長。1976年から岩倉使節団の足跡をフォローし、約8年で主なルートを辿り終える。主な著書に、『岩倉使節団の群像 日本近代化のパイオニア』(ミネルヴァ書房、共著・編)、『岩倉使節団という冒険』(文春新書)、『岩倉使節団―誇り高き男たちの物語』(祥伝社)、『米欧回覧百二十年の旅』上下二巻(図書出版社)ほか。
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