連載の第二回目のテーマは、「使節団は、どこで何を見てきたのか」である。諸外国の社会の実相はつぶさに観察され、長大な書物にまとめられた。随行員の一人、久米邦武が書き記した『特命全権大使 米欧回覧実記』をひもとく。

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(撮影協力・画像提供/久米美術館)

久米邦武の若き日の肖像。

画像: 『特命全権大使 米欧回覧実記』初版本。300点以上に上る銅版画の挿絵が読者を楽しませてくれる。

『特命全権大使 米欧回覧実記』初版本。300点以上に上る銅版画の挿絵が読者を楽しませてくれる。

総勢107名の岩倉使節団の目的

使節団の目的は三つとされている。一つ目は新しく誕生した天皇国家の挨拶回りである。幕末に条約を結んだ国が14か国あったので、そのすべてを訪れるつもりだった。米国、英国、フランス、ベルギー、オランダ、ドイツ、ロシア、デンマーク、スウェーデン、イタリア、オーストリア、スイス、スペイン、ポルトガルである。諸般の事情でスペインとポルトガルは割愛して帰国したので訪れた国は12か国となった。

二つ目は条約改正に関する交渉であり、出発時点では改正は困難との認識から、相手国の要望を聞くと同時に延期を求める意図があった。しかし、米国で思いも寄らない熱烈な歓迎を受けたことと、米国側にも改正への思惑があり、本交渉を始めることになった。が、そのためには天皇の委任状が必要とされ、大久保と伊藤が委任状を取りに一時帰国することになった。しかし、いざ交渉を始めてみるとうまくいかず、このため旅程は大幅に延びて、米国に200日余も滞在する羽目となる。結果、当初の旅の予定であった10か月半が1年9か月余にも及ぶことになる。これは大失態であり、留守政府に主導権を握られる原因にもなった。

三つ目は先進国たる西洋の実情をつぶさに探索し、新しい国造りの方針を立てること、その青写真を描くことにあった。これこそが使節首脳の最大の目的であり、維新政府のトップリーダーが揃って出かける真の意味であった。

使節団は、三つのグループから構成されている。
①使節の本隊であり、大使、副使及び随員からなる24名(その内、現地参加3名)。
②各省派遣の理事官と随員であり、出発時で26名、現地参加組や後発隊(司法省からの派遣組8名はフランスに直行)を合わせると38名。
③随行する留学生であり、官費、私費、お付きも含めた約60名。

横浜出航時は三つのグループが同船して行くので107名であったが、サンフランシスコからは留学生の一部は先発し、ワシントンからは各省派遣のメンバーがそれぞれの目的地に赴いている。したがって、ワシントンに長居し、その間あちこち巡覧するのは本隊の主要部分ということになる。

また、大久保と木戸は本国から帰国命令が来たため、ドイツから帰国している。そのため、ロシア以降は本隊の岩倉大使、伊藤副使以下十数人の旅となった。なお、留学生は米国、英国、フランス、ドイツなどへ赴き、数年から10年余も勉学に励むことになる。

米国は、新創、新開、地広く、共和の国

さて、使節団は、最初に訪れた米国で何を見たか。

1872年当時の米国は人口3,800万余、南北戦争が終結して6年半、各種の産業が勃興し、『トム・ソーヤーの冒険』の著者として知られるマーク・トウェインが「金ピカ時代」と称した好景気のただ中にあった。東洋の歴史ある王国からの大使節団の到着とあって、サンフランシスコをはじめ各地で大歓迎を受けた。そして2年半前に開通したばかりの大陸横断鉄道に乗って、大雪で何度も足止めをくいながら1か月もかけて(通常なら7昼夜)、ワシントンに着く。そして早々に公式行事を終えてロンドンに向かうつもりが、前述の条約改正の一件で異常事態に至るのである。しかし、大久保、伊藤が再度合流するまでの間、岩倉、木戸らはワシントンを起点にニューヨーク、フィラデルフィア、ボストンなどにも案内され、政治・経済・産業・教育・文化などさまざまな文明の諸相を見聞することができた。

随行記者ともいうべき久米邦武は米国の印象を次のように総括している(以下、使節団の準公式記録『特命全権大使米欧回覧実記』全五巻からの引用、原文は旧仮名遣い、漢字とカタカナ。括弧内は筆者・編集部注)。

「サンフランシスコに着せしよりボストンを出船するまで、米国を経歴(旅)してその実境(実際の姿)を目撃した情実を簡略にいえば、この全地は欧州の文化にしたがいて、その自主の力(精神)と立産(興産)の財本(資本)と溢れてこの国に流入したるなり、米国の地は欧州全土に比するといえど欧州は頗(すこぶ)る荒寒の野にて、その開化繁庶(開かれて富み栄えている)の域はその三分の一にすぎず、王侯、貴族、富商、大社(大会社)ありて、その土地、財産、利権を専有し、各習慣により国をなす、晩起(スタートが遅い)の人はその自主力を逞しくするに由なし、因ってこの自由の境域を開きて、その営業(事業)の力を伸ばし、故にその国は新創にかかり、その土地は新開にかかり、その民は移住民にかかるといえども、実は欧州にて最も自主自治の精神に逞しき人、集まり来りてこれを率いる所にして、加うるに地広く土沃(ゆた)かに、物産豊足なれば、一の寛容なる立産場を開き(産業を興すには寛容であり)、事事みな麁大(そだい:こだわらず自由)をもって、世に全勝せしむ、これ米国の米国たる所以なりというべし」

画像: シエラネバダ山脈の鉄道の雪覆い(米国)

シエラネバダ山脈の鉄道の雪覆い(米国)

※日立「Realitas」誌26号に掲載されたものを、著者泉三郎氏の許可を得て再構成しています。

画像: 【第2回】岩倉使節団は米欧諸国で何を見たのか(前編)

泉 三郎(いずみ・さぶろう)

「米欧亜回覧の会」理事長。1976年から岩倉使節団の足跡をフォローし、約8年で主なルートを辿り終える。主な著書に、『岩倉使節団の群像 日本近代化のパイオニア』(ミネルヴァ書房、共著・編)、『岩倉使節団という冒険』(文春新書)、『岩倉使節団―誇り高き男たちの物語』(祥伝社)、『米欧回覧百二十年の旅』上下二巻(図書出版社)ほか。

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