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岩倉使節団一行は、米国を後にして、ヨーロッパへ渡った。最初に訪れたのは英国、次にフランス、ベルギー、オランダ、ドイツと旅は続く。目に触れるもの、聞くこと、体験することすべてが驚嘆に満ちていた。

「【プロローグ】いま、なぜ「岩倉使節団」なのか?」はこちら
「第1回:ペリー来航から、岩倉使節団の横浜出帆まで」はこちら>
「第2回:岩倉使節団は米欧諸国で何を見たのか(前編)」はこちら>

(撮影協力・画像提供/久米美術館)

画像: リバプールの港に船舶が集まる(英国)

リバプールの港に船舶が集まる(英国)

産業盛んな英国と文明の都フランスへ

使節一行は1872年8月、米国を後にして英国に渡る。当時の英国はヴィクトリア女王下、大英帝国の最も繁栄した時代であり、本国の人口は3,100万余だが、七つの海にある植民地を総計すれば2億4,000万人にも達していた。ロンドンは世界の中心であり、325万の人口を擁していた。

しかし、ロンドンは夏休みの時期にあり、女王はじめ政府要人も避暑に出かけていた。ただ、帰国していた駐日公使のハリー・パークスがこの時間を利用して一行を英国巡遊の旅に誘ってくれた。

パークスはいった。

「総じて中国や日本の諸国は誠に気候もよろしく物産も豊かである。国民は恵まれているから、それに甘えて事業を怠り働かぬからだんだん貧乏になる。英国民はその反対に僻隅(へきぐう)の痩薄(そうはく)の土地を与えられ、いかに働いても満足な産物が得られないので、地中より石炭と鉄を掘り出して器械をつくり蒸気力で工業を興し富強をなしてきたのだ。これからその実態をご覧にいれるから、とくと学習されよ」と。

一行は、まずリバプールを訪れる。英国第二の都市であり世界一の繁盛港だった。使節団は、ドック、造船所、港湾施設、荷揚器械、倉庫、クレーン、コンベアシステムまで見た。そして近郷のクルーでは蒸気車と車両の大製造工場も見学した。次いで産業革命発祥の地・マンチェスターに向かう。そこでは綿紡織、毛織物、製鉄、機械工場などを見た。さらに一行はグラスゴーやニューカッスル、バーミンガムやチェスターも訪れ、炭鉱をはじめ製鉄、兵器、ビール工場、地下の岩塩採掘場まで、そして大貴族や大富豪の邸宅にも泊めてもらい、その生活ぶりまで体験している。

一行は結局、英国に120日余も滞在し、英国の富強のカラクリ、その真因を知ることができた。

久米は英国見聞を総括して次のように書いている。

「英国の富は元来鉱利(鉱業の利益)に基せり、国中に鉄と石炭と産出高の莫大なること、世界第一なり、国民この両利により、汽器、汽船、鉄道を発明し、火熱により蒸気を駆(か)り、以って営業力(経済力)を倍蓰(ばいし:増大)し、紡織と航海の利権を専有して、世界に雄視横行(雄飛)する国となりたり」

しかし、一行はこの国の歴史を学ぶことで、「英国のこの繁栄も1820年代以降のことであり、著しくこの景象を生ぜしは、わずか40年にすぎざるなり」と見抜いている。

そして、一行はいよいよフランスへ。欧州の首都ともいうべき「麗都パリ」に2か月も滞在している。

回覧先も英国とは大いに異なっている。ノートルダム寺院、コンセルヴァトワール、鉱山学校、図書館、フランス銀行、公益質屋、ビュットショウモンやボア・ド・ブローニュ公園、百貨をひさぐパレ・ロワイヤル、ゴブラン織りやセーブルの陶磁工房、香水工場やクリストフル銀器工場など。

とりわけ一行は凱旋門に面するフランス政府提供の瀟洒な館に宿泊しており、訪れたのがクリスマス前後にあたっていたこともあり、久米はパリを「景色壮快にして画のごとし」といい「天宮のようだ」とさえ讃嘆している。そしてロンドンと比較しながら、こう評している。

「ロンドンの街は地下の鉄路あり、地上の車道あり、天上の鉄路(高架鉄道)あり、人民もまた三様の生理(生活)をなし、日に棲棲徨徨(せいせいこうこう:忙しく歩き回る)たり、石炭の烟(けむり:煤煙)白日を薫し、雨露もまた黒きを覚う。

パリはしからず、全府の民を一遊苑中(公園内)におく、パリの市中、往く所みな遊息の勝地(美しい場所)あり、街上の行人もまたその歩忙しからず、空気晴朗にして、煤煙少なく、薪を以って石炭に代ふ、ロンドンにあれば人をして勉強せしむ、パリにあれば人をして愉悦せしむ」

画像: パリにあるパレ・ロワイヤルの庭園(フランス)

パリにあるパレ・ロワイヤルの庭園(フランス)

西洋文明をパノラマのように見る

パリを見た後、ベルギー、オランダを旅し、小国がいかに独立を全うし開化を進めてきたかに感銘をうける。そしてドイツまできて、ようやく足掛かりを見つけたという思いを抱く。米国・英国・フランスはあまりにも国情が違いすぎる。米国はあまりに大きく新興の国であり共和の国だった。英国は同じような島国でありながら余りに進みすぎていた。フランスは肥沃な大地を占め豊かな文化的遺産を継いだ名門国、しかも共和国である。その点、ドイツは文明の開化度でも中進であり、皇帝と宰相ビスマルクが権力を握る帝政であった。そこに親近感を覚え手の届きそうなモデルと見たといえるだろう。

ベルリンを発ってペテルブルグに向かう車窓からみた風景は、一行をさらに安堵させた。使節たちは米国西部の茫漠たる未開の大地から、シカゴ、ニューヨークと階段を登り、ロンドンとパリでその文明開化の頂点を見、ベルギー、ドイツと坂を下って、またポーランドの貧寒な未開の大地を往くとき、文明の発展段階をパノラマのように見た思いだったであろう。

画像: エルベ川河口の街、ハンブルク(ドイツ)

エルベ川河口の街、ハンブルク(ドイツ)

そして世界の中で文明開化している部分はごく一部であり、日本は決してそう遅れているわけではない。日本人は才が劣るわけでも知が低いわけでもない、文明や技術を学んでいけば、必ず追いつけるとの確信を得たのであろう。つまるところ、岩倉使節団の旅は、19世紀後半の帝国主義時代、侵略が当たり前のような時代にあって、日本がいかに独立を確保し、列強に伍していくかの課題に真っ向から挑んだ旅であった。近代文明のコアをなす科学技術文明と商工業の利便を目の当たりにして、その「洋才」は積極的に摂取することを決意し、同時に日本のアイデンティティともいうべき「和魂」すなわち道義や伝統はいかに保守するか、という日本近代化の最重要課題を考究する旅であったといえるであろう。

※日立「Realitas」誌26号に掲載されたものを、著者泉三郎氏の許可を得て再構成しています。

画像: 【第2回】岩倉使節団は米欧諸国で何を見たのか(後編)

泉 三郎(いずみ・さぶろう)

「米欧亜回覧の会」理事長。1976年から岩倉使節団の足跡をフォローし、約8年で主なルートを辿り終える。主な著書に、『岩倉使節団の群像 日本近代化のパイオニア』(ミネルヴァ書房、共著・編)、『岩倉使節団という冒険』(文春新書)、『岩倉使節団―誇り高き男たちの物語』(祥伝社)、『米欧回覧百二十年の旅』上下二巻(図書出版社)ほか。

画像: 久米邦武が土産で持ち帰った置時計。

久米邦武が土産で持ち帰った置時計。

久米美術館 information
久米美術館では、久米邦武の『米欧回覧実記』の初版本はじめ自筆原稿、早稲田大学史学科講義録など順次展示している。
■お問合せ:03-3491-1510 www.kume-museum.com

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