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株式会社日立コンサルティング 代表取締役 取締役社長 八尋俊英
SDGs(持続可能な開発目標)を筆頭に、企業活動を社会課題解決につなげていく世界のトレンドは、Withコロナにおいてますます加速していく、と八尋は語る。そして、世界経済の中心がアジアへシフトするなかで、今後は日本の存在感が増すと予測する。勝機を逃さないためには、市場の動きをにらみながら、メガトレンドへのキャッチアップが欠かせないという。

「第1回:変革のカギは“バック・トゥ・ザ・ベーシック”」はこちら>

効率主義の見直しへ

――前回、「会社として達成したい目的があり、そのための手段にDXがある」というお話を伺いました。コロナ禍以前から、SDGsやESG投資に代表されるように、ビジネスと社会課題解決を結びつける動きがあり、その実現にもDXは欠かせないように思います。Withコロナにおいてそうした動きは加速していくと思われますか?

八尋
間違いなくそうなると思います。DXは一般に効率化のための手段と捉えられがちですが、その前提そのものを疑う必要がある。むしろこれまでの「効率主義」を見直すべきときにきていると感じています。

例えば、ヨーグルトで有名なフランスのグローバル企業であるダノンは、2020年 6月に、上場企業として初めて「Entreprise à Mission(使命を果たす会社)」モデルを採択しました。「使命を果たす会社」は、2019年にフランスが法改正で設けた新たな会社形態です。ダノンは定款のなかに「地球自然環境を保全」するといった目標を掲げ、効率主義を第一とはしない会社であることを宣言しました。これは、人々の健康を保つことと地球環境保護が依存関係にあることを念頭に、すべてのステークホルダーにとって持続可能な価値創造をめざすものです。

その根底には、食の製造に欠かせない水の問題があります。まさに水は地球環境問題に直結していますが、原料の調達から流通経路まですべてにおいて水資源を大切にしようとすると、従来の効率主義を捨てざるを得なくなる。そうなると、毎年、前年よりも利益を向上させていくことも難しくなるでしょう。ところが、この宣言によってダノンの株価が下がることはありませんでした。今や投資家の間ではESG投資は当たり前になっているのです。

以前から、水だけでなくフードロスも問題となってきましたが、ダノンに代表される取り組みは、従来の大量生産・大量消費社会からの脱却を加速していくでしょう。例えば、1日100食しかメニューを提供しない京都の佰食(ひゃくしょく)屋は、業績至上主義によって個々の社員の幸せを見失うことなく、社会にとって大事なことに注力する企業をめざしています。ワークライフバランスやフードロス問題に配慮して、社員に残業をさせない、食材を無駄にしないといった取り組みを積極的に行っているのです。このようにQoLに視点を置く企業は徐々に増えているように思います。

画像: 効率主義の見直しへ

パクス・アメリカーナの終焉とアジアへのシフト

――変化の途上では、これまで以上に厳しい状況におかれる企業も出てきそうです。

八尋
私は、日本に限って言えば、状況はけっして悪くないと、むしろ前向きに捉えています。

もちろん世界全体で見れば、米国大統領選挙で見られたような価値観の対立、あるいは米中の対立やポピュリズムの台頭など、社会の分断はますます深まりつつあります。大統領選挙ではまさに、現状の世の中をあまり変えたくないという価値観と、多様性を認め、地球環境にも配慮していくという新しい価値観との対立が浮き彫りになりました。全米で票がほぼ二分されたことを考えると、分断は深刻に見えます。

一方、米中について言えば、環境問題などのグローバルな価値に向けての動きは、中国の方が優位に見えます。例えば、中国の習近平国家主席が、石炭火力からの脱却などを通して、2060年までにCO2排出量を実質ゼロにすると宣言したように、中国は新しい世界を志向している。もっとも、中国が世界情勢に素早く対応できるのは、一党独裁の強権国家ゆえではありますが、それだけではなく、未来を予測するためのデータエコノミーを重視している点も強みになっていると思います。

――データ解析によって、脱炭素化にシフトした方がメリットが大きいと認識しているわけですね。

八尋
そう思います。2006年頃のことですが、オープンソース・ソフトウェアに関連して日中間で協議していたときに、私は経産省にいて中国と交渉に当たっていたのですが、すでにその頃、小学校の教科書をすべてデジタル化する計画があると聞いて驚きました。なぜかと問うと、このまま紙の教科書を配布し続けていると、中国の森林が失われ、資源が足りなくなってしまうからだと言っていました。

もちろん米国でもデータ解析を政策に取り入れていますが、近年の動向を見ると、中国の方が長期的視点に立って自国にとって何が有利かを、したたかに計算しているように感じます。

言うなれば、以前から言われていた「パクス・アメリカーナ(米国による平和)」の終焉が、いよいよ現実化しつつあるということでしょう。その背後で、アジアへのシフトが進んでいる。GDPの推移を見ても、今後は間違いなく中国を筆頭にアジアの時代が来ると思います。

しかしながら世界は、秘密主義的な一党独裁の中国が世界をリードすることに脅威を感じている。今はかなり健全になっているものの、中国の中央銀行(中国人民銀行)への不信感や、国際法を遵守しない態度などにも不安があります。

グローバル経済からメガトレンドを先読みせよ

八尋
そうしたなかで再び脚光を浴びているのが、実は日本なのです。すでに兆しはあって、最近、日本の優良な中小企業に投資をする外国人投資家が増えているといいます。最近、日本の優良中堅企業を投資対象とするPEファンド(※)会社、ティーキャピタルパートナーズ(旧東京海上キャピタル)の経営者にヒアリングしたところ、コロナ禍で面談が難しいなかでも、国内や海外の機関投資家から目標額を大幅に超える投資の申し込みがあったと聞いています。日本には強みをもつ非上場の企業があって、きちんと対話もできる経営者もいると、投資家たちは踏んでいるようです。

日本の企業はそうした動向をちゃんと読んで経営戦略を立てないと、取り残されかねないと思います。従来のように、効率だけにこだわっていると、せっかくの好機を逃してしまうでしょう。

例えば、ご承知のように日本では現在、電源構成における石炭火力発電の比率が高く、輸出もしています。確かに、メンテナンスまで含めて効率がよく、経済性にすぐれています。しかし、石炭火力発電は、他の発電方式に比べてCO2の排出量がきわめて多いため、推進していること自体が、企業のイメージを損ね、ファンドが集まりにくくなってきているのです。今や、メガソーラーの方がはるかに資金を集めやすくなっています。

実際に欧米の年金基金では、石炭関連産業からの投資撤退や融資凍結などの動きが進んでいます。こうした動きは数年前から進んでいて、グローバルなお金の流れを見ていると世界のトレンドが見えてくる。先が見えにくい時代だからこそ、市場の動向を先読みしていくことがますます重要になってくると思います。

(取材・文=田井中麻都佳)

※ PEファンド:企業の未公開株式(プライベートエクイティ)を取得し、その企業の成長や再生の支援を行って企業価値を向上させ、その後に株式の売却を行ってキャピタルゲインを得ることを目的とする投資ファンドのこと。

画像: ポストコロナのDXと日本企業
【第2回】加速するアジア・シフトをどう活かすか

八尋俊英

株式会社 日立コンサルティング代表取締役 取締役社長。中学・高校時代に読み漁った本はレーニンの帝国主義論から相対性理論まで浅く広いが、とりわけカール・セーガン博士の『惑星へ』や『COSMOS』、アーサー・C・クラークのSF、ミヒャエル・エンデの『モモ』が、自らのメガヒストリー的な視野、ロンドン大学院での地政学的なアプローチの原点となった。20代に長銀で学んだプロジェクトファイナンスや大企業変革をベースに、その後、民間メーカーでのコンテンツサービス事業化や、官庁でのIT・ベンチャー政策立案も担当。産学連携にも関わりを得て、現在のビジネスエコシステム構想にたどり着く。2013年春、社会イノベーション担当役員として日立コンサルティングに入社、2014年社長就任、現在に至る。

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