株式会社日立製作所 人財統括本部シニアエバンジェリスト 髙本真樹/一橋ビジネススクール教授 楠木建氏
経営人材の評価は難しい。理想的な対応策として楠木教授が挙げるのが、GEの元CEOジャック・ウェルチの手法だ。ジョブ型雇用をはじめとする人財マネジメントのあり方について、楠木教授が日立製作所の髙本真樹と語る対談の最終回。

「第1回:『ジョブ型雇用』の定義」はこちら>
「第2回:ジョブディスクリプションからは見えてこない『ジョブ』」はこちら>
「第3回:リーダーの椅子を減らす」はこちら>

ジャック・ウェルチに見る「いい成果主義」

髙本
ジョブ型人財マネジメントを導入するにあたり、やはり人事評価の透明性をいっそう高めていかなくてはいけないと我々は考えています。一昔前まで日立はMBO(※)で社員を評価してきました。要するに目標を達成できたか・できなかったかを重視していたのですが、単純に結果を見るだけでなく、そこに至るプロセスやパフォーマンス、本人が発揮するコンピテンシーも併せて評価するグローバル・パフォーマンスマネジメント制度(GPM)へ移行しています。

※ Management By Objective:個々の社員が自分で設定した目標の達成度によって評価する人事制度。

楠木
現場で仕事をしている社員には、おっしゃるような評価制度が適していると思います。難しいのは、会社の中でも上の層の社員の成果をどう評価するか。ここが一番コクのあるところでして、わたしが考える「いい成果主義」というのは、「一言で言って、この1年で何を達成する?」と上司が部下に聞く。「わたしは〇〇を実現します」「じゃあそれ、頼むわ」。これだけでいいと思うんですよ。評価する上司にも成果を見極める能力が要りますし、評価される側もそこで何を表明するかが問われる。この時点からすでに試されるわけです。

フォーマットもフレームワークもない、一対一での会話です。かつてGEのCEOだったジャック・ウェルチ(在任期間は1981年~2001年)のマネジメントこそ、事業経営者評価の1つの規範、ある種の到達点かもしれません。彼はまず、部下に手紙を書く。「君にはこういう強みと弱みがある。〇〇はもうどうでもいいから、△△を実現してもらいたい」と。それをもとに部下とじっくり話して、「わかりました、じゃあ△△をやります」と。1年後、またウェルチから部下のもとに手紙が来る。「君、去年△△を実現すると言っていたけれど、あれどうなった?」。そしてまたたっぷり2時間、部下一人ひとりとサシで話し合う。管理職の評価手法としては、このやり方がやはり原点にして頂点なのではないかと思うのです。

画像: ジャック・ウェルチに見る「いい成果主義」

同じジョブ型でも、システマチックに評価していかないとさばききれないレイヤーと、ウェルチのやり方のように時間をかけてやったほうがよいレイヤーがある。経営人材の評価というのは本当に手数がかかるものです。しかし手間をかけるだけの価値はある。ROI(※)がすごく大きな分野です。経営人材を適切に評価できないとものすごく大きな損失になります。

※ Return On Investment:投資額に対してどれだけ利益を生み出しているかを見る指標。投資利益率。

相撲から新体操へ?

髙本
ちょっと話が脱線するのですが、日立は昔からGEの経営をお手本にいろいろと学んできた会社なのです。そこで、楠木先生にぜひ伺いたいことがあります。ウェルチはGEでGE valueの徹底やタレントマネジメントの9Box(※1)、6σ(シックスシグマ ※2)、ブラックベルト(※3)など、人財育成や評価のさまざまなしかけを導入し、社員にいわば新しいDNAを植え込んだわけじゃないですか。かつ、人財育成に自分の持ち時間の30%以上を割いて部下の教育・育成に充て、同時に経営改革を推し進めたにもかかわらず、なぜここ数年の業績低迷の状態を招いてしまったのでしょうか。人財の育成や企業文化のあり方という観点で非常に関心があるのですが。

※1 社員をポテンシャルとパフォーマンスの観点から9つのタイプに分ける人事評価手法。
※2 主に製造工程において、ミスの発生を3~4回/100万回に抑える品質管理手法。
※3 シックスシグマの実施にあたり、活動推進のチームリーダーとなる人物。

楠木
やはりウェルチが本領を発揮できたのは、経営人材の発掘だったと思うのです。儲けを出せる人、成果を出せる人を見つけてきて、あとはアメとムチでやっていく。そこが抜群に上手かった。ただ、やっている事業そのものが時流とずれてきてしまうと、どんなに経営者が優れていても難しいですよね。

ウェルチの時代に「世界で1位か2位になれない事業は撤退する」という大規模な事業のリストラをしましたが、その後リーマン・ショックも経て、また事業構成が時代とはずれてきました。わたしが思うに、ウェルチの後を継いだイメルト氏の時代にさらに事業を絞り込んで、「世界最大・最後のコングロマリット」を自ら否定すべきだった。

髙本
イメルト氏が力を入れていたデジタル事業も、結局、途中で空中分解してしまいましたよね。

楠木
やっぱり、どんな会社にも旬の時期というか賞味期限があります。アメリカの資本市場のカルチャーと折り合いをつけてやっていくには、完全に事業を分割して事業単位でやっていくしかないのかもしれません。

髙本
モノづくりからコトづくりへのシフトが遅れてしまった、という感じでしょうか。

楠木
ただ、それもまた超越的な意見ですよね。例えるなら、一生懸命四股(しこ)を踏んで鉄砲をやってすごく強くなったお相撲さんに、「時代が変わったので、これからは新体操でお願いします」と言うようなもので。

髙本
(笑)。それはさすがに無理がありますよね。戦う場所を間違えているということですよね。その意味では経営人財も大事ですが、将来のビジネス環境の大きな変化を見据えて、社員一人ひとりのレジリエンス力というか、変化耐性みたいなものを育む文化が企業には絶対に必要になると痛感しています。社員の意識を高めることがそのための絶対条件ですし、その状況を常に確認していくことがHR部門のこれからの大きな役割の一つになる気がします。

楠木
先ほど申し上げた賞味期限の観点でわたしが日立に希望を感じるのは、日立も昔はGEのように強いお相撲さんだった。ただ一度大きな怪我をしてしまって、相撲は続けられなくなった。そうしたときに、新体操ほどではないけれどもまったくの異種競技、例えば野球をやれということになったら、結構野球選手としてもやっていけるのではないか。そんな印象を日立には持っています。高度成長期を先導した伝統企業の代表格でもある日立がジョブ型雇用を採り入れるということが、世の中に大きな良い影響を与えることを、期待しています。

髙本
ありがとうございます。今日はご参考になるお話をたくさん伺うことができました。

楠木
こちらこそ、ありがとうございました。

画像1: 対談 「ジョブ型雇用」とこれからの人財マネジメント
その4 ウェルチの手紙

楠木建(くすのきけん)

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

画像2: 対談 「ジョブ型雇用」とこれからの人財マネジメント
その4 ウェルチの手紙

髙本真樹(たかもとまさき)

1986年、株式会社日立製作所に入社。大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめ、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長などを経て、現在株式会社日立製作所人財統括本部シニアエバンジェリストを務め、ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長を兼任。全国の起業家やNPOの代表が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添い共に駆け抜ける "伴走者"も務めている。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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