株式会社日立製作所 人財統括本部シニアエバンジェリスト 髙本真樹/一橋ビジネススクール教授 楠木建氏
業績だけに縛られず、社員を正当に評価するにはどうすればよいか。そして、「リーダーの数をもっと減らすべき」と説く楠木教授の真意とは。人財マネジメントのあり方をテーマに語られた、日立製作所の髙本真樹と楠木教授による対談その3。

「第1回:『ジョブ型雇用』の定義」はこちら>
「第2回:ジョブディスクリプションからは見えてこない『ジョブ』」はこちら>

「人間力」と「バリュー」の見極め

髙本
先ほどトヨタ様の話題が出ましたが、トヨタ様では社員の評価の一部分を「人間力を見る」という方向に舵を切ることを検討されているそうです。この人間力とは「モビリティカンパニー」に変わっていくために、新しい「トヨタウェイ」をきちんと理解して実践しているかどうかということと伺いました。マーケットがどんどん変化する可能性を考えるとリスクもありましょうが、一方で大いなる挑戦だとも思いますね。

楠木
トヨタの言う人間力は、要するに通常の労働市場の評価だけでは済まない部分のことなのでしょうね。GEのCEOを務めていたジャック・ウェルチ(故人)も、「ナンバーよりバリュー」ということを言っていました。バリューとはつまりGEの価値観に沿った仕事のやり方をきちんとしているかどうか。労働市場の言語にはうまく翻訳できない基準での評価ですね。

社員を完全に数字だけで評価してしまうと、もはや組織ではなくなってしまいますからね。一人ひとりの好みや得意技をきちんとインクルージョンしているかどうかは、上司が部下を評価するときの重要な側面だと思います。

髙本
わたしもまさにそこがポイントだと思っています。仮にジョブディスクリプション上の定義では同じ能力を持っているAさんとBさんがいたとしても、2人が結果として同じパフォーマンスを必ずしも発揮できる保証はありません。表には表れにくいその人の持つ人間性こそが、実は組織のパフォーマンスに大きな影響を与えるのではないかと思っています。

画像: 「人間力」と「バリュー」の見極め

楠木
そうですよね。ですから、「今までで一番前向きに取り組めた仕事って何だった?」「これだけは勘弁して欲しいことは何?」といった会話から入っていかないと、ファンクション以外のその人の素晴らしい特性を見極めるのは難しいですよね。部下を持つ社員は、部下をどう評価するかによってさらにその上の上司から評価される。そういうことが当たり前になっていくと思うのです。だれに評価されるかによって、仕事の成果や意欲も変わってきますからね。

楠木建がこの世で一番やりたくない仕事

髙本
ジョブ型雇用の導入に向けて社内で議論を重ねる一方で、せっかく奇麗にジョブディスクリプションを整備しても、「空いたポストにだれも手を挙げなかったらどうする?」という懸念もありました。そのポストに必要な能力を満たしていたとしても、本人がやりたいと思うかどうかは別な次元の話ですから。それに会社の中には、ある意味、地味で成熟したビジネスだけどキャッシュカウ(※)のような会社の利益の観点では絶対に手も抜けないし、むしろキッチリとやってもらわなければならない役割も必ずあるわけです。

そのようなケースではどうするのか? そのときはもう業務命令で動かすしかないのか……といった結構深い議論をそのときにしまして、まだ結論は出ていないのですが、おそらくそういう場面にこれからどんどん直面していくことで、新しい日立の組織文化そのものがビルドアップされていくのかなと。

※ 安定した利益を上げることができる事業、商品。

楠木
やっぱり、役職者の数をもっともっと減らさないと駄目なのでしょうね。

高度成長期ですと、極端な話、みんな社長になりたかったんです。ところが今は、大企業の社長をそこの社員がどう見ているかというと、「あんなきつい仕事やるんだったら社長にはなりたくないな」と100人中99人が感じているのではないでしょうか。わたしはその状況が当たり前だと思うのです。社長ほどではなくても、例えば部長、「肩書だけ部長」ではなく、本当に自分の部門の成果に責任を持つ仕事というのはよほどの人じゃないとできない。リーダーの仕事はだれでもそう簡単にできるものじゃない。むしろそう社員に思わせないといけない。そうなれば、能力もないのに部長になりたがる人も減ってくるので、必然的に椅子の数も減るのではないでしょうか(笑)。

髙本
経営の面から言いますと、この10年ぐらいで日立が一番変わったのは、生え抜きの役員が減ったことですね。ある日突然、社外からポンと入ってくる。中には外国人もいます。ダイバーシティの観点でももちろん、良いことだとは思うのですが、一方で「この会社でずっと頑張っても、必ずしもトップにまで登り詰められるとは限らない時代になった」というメッセージが、社員にはすでに伝わっているのかもしれません。本当にプロの経営者になろうとするなら、日立でキャリアを積み上げていくのがいいのか、あるいは他の会社を一度は経験したほうがチャンスが膨らむのか、もうすでに考え始めている社員もいると思います。

それでもジョブ型の雇用に舵を切るのは、ある意味で社内の人財流動性が高まることを会社が覚悟したということでもあります。人財確保のためにも、魅力的なキャリアを積める役割や責任が職場の中にジョブとして存在していることを社内外に対してアピールし続けていかねばと思っています。

楠木
いずれにしろリーダーのポストというものはそんなにたくさん要らない。みんながみんなそれをめざしていた時代のほうが異常でしたね。わたしの場合、組織の長だけはやりたくない。向いていないし好きじゃない。「一橋大学の学長をやれ」と言われたら即座に退職します。何回生まれ変わっても一番やりたくない仕事を1つ挙げろと言われたら、それは学長 (笑)。もちろんだれからも依頼されないけど(笑)。

だれでも得手不得手、向き不向き、できることとできないことがある。本人は「なんであんな仕事やらなきゃいけないの、一度しかない人生なのに」と思っているわけですから。それがまさに「ジョブ」という考え方なのではないでしょうか。つまり、「あなたにとっていいジョブとは何ですか」と一人ひとりが考え続けるということにほかなりません。

画像1: 対談 「ジョブ型雇用」とこれからの人財マネジメント
その3 リーダーの椅子を減らす

楠木建(くすのきけん)

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

画像2: 対談 「ジョブ型雇用」とこれからの人財マネジメント
その3 リーダーの椅子を減らす

髙本真樹(たかもとまさき)

1986年、株式会社日立製作所に入社。大森ソフトウェア工場(当時)の総務部勤労課をはじめ、本社社長室秘書課、日立工場勤労部、電力・電機グループ勤労企画部、北海道支社業務企画部を経験。都市開発システム社いきいきまちづくり推進室長、株式会社 日立博愛ヒューマンサポート社社長などを経て、現在株式会社日立製作所人財統括本部シニアエバンジェリストを務め、ヒューマンキャピタルマネジメント事業推進センタ長を兼任。全国の起業家やNPOの代表が出場する「社会イノベーター公志園」(運営事務局:特定非営利活動法人 アイ・エス・エル)では、メンターとして出場者に寄り添い共に駆け抜ける "伴走者"も務めている。

「第4回:ウェルチの手紙」はこちら>

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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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楠木健の頭の中

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※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

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山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

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八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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