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※本記事は、2020年9月3日時点で書かれた内容となっています。
『逆・タイムマシン経営論』では、「同時代性の罠(わな)」というメカニズムに注目していまして、これを3つのタイプに分けて考察しています。
まず第1のタイプが、われわれが「飛び道具トラップ」と言っているものです。今でいえばDX(デジタルトランスフォーメーション)とか、オープンイノベーションとか、プラットフォーマーとか、サブスプリクションモデルとかがそうですが、いつの時代も「次に来るのは、これだ」という話が出てきて、新しい経営手法やツールが飛び道具として独り歩きします。近過去の歴史を見てみますと、繰り返し繰り返し「飛び道具トラップ」は発動しています。この罠にはまって誤った意思決定をしてしまう経営者や企業は、枚挙にいとまがありません。
こういうバズワードが出てくるときには、それで成功しているきらびやかな事例が喧伝(けんでん)されます。もちろんそのひとつひとつには、それなりの意味があるのですが、問題は、多くの人がこの成功事例に固有の文脈をすっ飛ばして、飛び道具単体でどうにかなると勘違いしてしまう点です。これが「飛び道具トラップ」です。
第2のタイプが、「激動期トラップ」です。同時代の人々は、時代の変化を常に過剰にとらえる傾向にあります。「今こそ激動期だ」と思い込む。コロナなんてまさにそうですが、何かあると「もうこれで世の中が一変する」「今こそ100年に一度の危機だ」とみんな言いたくて仕方がないんですよね。僕はまだ55年しか生きていませんが、「100年に一度の危機」には10回ほど遭遇しています。「100年に一度」がなんでこんなにしょっちゅう起きるのか。
過去の記事を見ていくと本当に面白いのですが、いつも「何とか革命」という言葉が躍っているのです。「革命」というのは定義からして「滅多にないこと」のはずですが、世の中、常に革命が進行中なのが面白いところです。その2でも触れた、インターネットですべてが変わるというのも、「激動期トラップ」の典型です。現在進行形で言うと、ポストコロナで働き方は一変するという話も今よく出てきますが、少し時間をおいてみると「激動期トラップ」にはまっている面が多々あるのではないかと思います。
過去記事のアーカイブを辿っていると、他にも面白いことに気づきます。ビジネスメディアはこの50年間、ずっと「仕事がなくなる」と言っているのです。60年代だと、オートメーションによって仕事がなくなる。その次はコンピュータで仕事がなくなる。次はロボットで仕事がなくなる、インターネットで仕事がなくなる。今ではAIで仕事がなくなる、という話ですが、その割には今だにみんな「忙しい忙しい」と言いながら仕事をしている。問題は、これを真に受けた人、「激動期トラップ」にはまった人がとんちんかんな行動をとってしまうということです。
第3のタイプは、「遠近歪曲(えんきんわいきょく)トラップ」です。これは、近いものは粗が目立つけれども、遠いものは良く見える、「隣の芝生は青い」というバイアスです。時間的にも空間的にも、遠くあるものを過大評価してしまう。例えば、『シリコンバレー発の……』と言うだけで、何かすごいことに思えてしまう。それが「遠近歪曲トラップ」です。
「今の日本はとにかくダメだ」というよくある言説も、「遠近歪曲トラップ」です。これと並んで典型的なのが「昔は良かった」という議論です。昔の何が良かったのかといいますと、日本は人口がどんどん増えていて、人口ボーナスの追い風を受けて経済成長して、人々は希望を持っていた。ところが今や少子高齢化が進み、右肩下がりの閉塞感、労働市場も消費市場も縮小する一方で、日本には未来がない。だから「昔は良かった」というわけです。
ところが、です。いまでこそ「人口減少」は諸悪の根源のように言われていますが、近過去の歴史を振り返りますと、そんなことを言っているのはこの10年~15年で、それまでの100年間の日本最大の課題は「人口増加」だったのです。むしろ「人口増加が諸悪の根源」でした。人口増加を抑えればすべての問題は解決すると言っていたのです。人口が増えている時には、それが諸悪の根源。人口が減っている時にも、それが諸悪の根源。じゃあどうすりゃいいのよ?!と思いますが、これが人間の思考バイアスなんです。
だとしたら、リーダーはどういうふうに考えるべきなのか。人々がこのトラップにはまるメカニズムを理解できれば、それを逆手に取って、どうすればこうした近視眼的な「同時代性の罠」から逃れることができるのかわかるはずです。『逆・タイムマシン経営論』ではその辺を考察しています。
例えば「日本的経営は崩壊する」ということを、日本のメディアは50年間ずっと言っているんです。50年間にわたって崩壊し続けるというのはなかなか大変なことです。むしろ50年間たってもまだ崩壊していない、「日本的経営、どれだけ盤石なんだよ」と思うわけですが、考えてみればそもそも「日本的経営」というとらえ方が空疎なのです。日本にも良い経営と悪い経営がある。日本の中にも大きなバリエーションがある。それを「日本的経営」とひとくくりにしてしまうのでヘンな議論になる。こうした、言われてみれば当たり前のことが、逆・タイムマシンに乗って過去の記事を見ていくと、非常にクリアに見えてくるのです。
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
「第4回:『400万台クラブ』に見る同時代性の罠。」はこちら>
楠木教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
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シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
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Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。