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ヤマザキ マリ氏 漫画家・文筆家 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
「経営の足元を築くリベラルアーツ」第8回のゲストは、ベストセラーコミック『テルマエ・ロマエ』の作者として知られるヤマザキマリ氏。新型コロナウイルスによるパンデミックが続く中、第7回に続きオンラインでの対談となった。日本では緊急事態宣言が解除され、感染の第1波が収束に向かいつつある新型コロナウイルスだが、世界では6月の時点で感染者数が800万人を超え、感染拡大が続く。自身が暮らすイタリアでも感染爆発が起き、多くの犠牲者を出す結果となったが、ヤマザキ氏は、歴史的に見ても感染症のパンデミックが社会を変えるきっかけとなったケースが多いと指摘する。災厄を奇貨とするためにも、これからの私たちはどうあるべきか、山口氏との対話を通じて探っていく。

※本対談は、2020年5月7日に行われたものです。

「病気はうつるものなんだ」

山口
ヤマザキさんに前回お目にかかったのは、半年以上前だったでしょうか。そのときには世の中の景色がこれほど変わるとは思っていませんでしたよね。本当に先が見えない時代であることを実感させられますが、新型コロナウイルスでは、ゆかりの深いイタリアも深刻な被害を受け、心を痛めていらっしゃるのではないですか。

ヤマザキ
イタリアを含めて、世界中で多くの方が亡くなられたのは本当につらいことです。今回のパンデミックでは、それぞれの国の国民性や社会の形が露呈したように思います。特にイタリアは、感染者が見つかった途端に大騒ぎになり、いっせいにPCR検査を始めましたよね。医療資源のことなどあれこれ考える前に、とにかく不安を払拭したいという思いが先走るところはイタリアらしいと感じました。

山口
僕の妻もイタリアにご縁があってよく行くのですが、どの街にも必ずピアッツァ(広場)があって、人の交流を促すようなつくりになっていますよね。そのような国での外出制限は、精神的にもかなりつらいでしょうね。

ヤマザキ
そう思います。新型コロナウイルスの感染拡大では、人との何気ない接触が日常に染み込んでいるイタリアのような国の国民性が裏目に出てしまいました。日本のように平時からソーシャルディスタンスの傾向がある社会とは、やはり拡散の仕方が異なります。

イタリアをはじめとするヨーロッパでは、マスクに対する意識も日本とはだいぶ違います。ポルトガルで暮らしていたときの話ですが、うちの子が風邪を引いたのでマスクをつけて学校へ行かせたら、校門のところで先生から「そんなものをつけているとペストが流行っているみたいで不吉だ」と、外すように言われたのです。

治安の問題もあると思いますが、やはり顔を見て話すことを大切にする文化圏において、顔の半分を隠してしまうマスクは根付かないのでしょうね。そんなものを使わなくても病気は克服できる、という自負も理由になっているようですが、彼らにはハグやキスの習慣もありますし、家庭では家族が集まってよくしゃべるので、飛沫が飛びまくるわけです。そんな中で誰かが風邪やインフルエンザにかかれば、マスクもしませんから当然うつります。でも彼らイタリア人は「いいんだ、病気はうつるものなんだから。みんな一回かかって、治して、強くなるんだ」と。感染症には打ち勝てるという自信が根付いている。

画像: 「病気はうつるものなんだ」

スペイン風邪が第二次世界大戦の遠因に

ヤマザキ
そうした文化に加えて、高齢化率が約23%(2018年)という日本の28%に次ぐ高齢社会、しかも施設ではなく家で普通に暮らしている高齢者が多いこともあって、あっという間に感染者も死者も増えてしまいました。その後スペインでも感染が広がり、ブラジル、アメリカでも低所得者層を中心に感染爆発が起きたという状況を見ていると、もちろん衛生環境も大きく影響しているわけですが、根本的に家族の結束が強い地域では感染が広がりやすいのではないかと感じています。

山口
インフルエンザは、もともとイタリア語の「influenza」からきているのでしたね。

ヤマザキ
そうです。「影響」という意味ですね。ウイルスの存在がわからなかった頃は、病気になるのは寒さや星の動きの影響ではないかと考えられていたため、という説があるようですが。

山口
影響ということで言えば、100年余り前に北米や欧州から世界中に流行したスペイン風邪も、文化や社会のあり方にも大きな影響を及ぼしました。

ヤマザキ
第一次世界大戦が収束しかけた頃に流行し出して、戦争によってただでさえ精神的にも経済的にも疲弊していたところに、全世界で5,000万人以上とも言われるほど多くの人々が亡くなり、ダメージをさらに広げたわけですよね。それによって第一次世界大戦の終戦は早まったけれど、ドイツに巨額の賠償金という追い打ちをかけたことが結果的にヒトラーの台頭を促し、第二次世界大戦へとつながっていった。イタリアのファシズムもそうですが、心や社会基盤が弱っていると、民衆は物事を大きく動かす力やエネルギーのある人の言葉に傾いてしまう性質があるのでしょう。

そう考えると、感染症のパンデミックというのは人間のそれまでの日常を揺るがしてふるいにかけ、必要なものをより分けたり、社会のあり方を問い直したりして、生き方への変化を招くきっかけになっているのかもしれません。

画像1: パンデミック後に訪れるのは暗黒時代か、ルネサンスか
その1 パンデミックが招く社会の変化

ヤマザキ マリ(やまざき まり)

1967年東京都生まれ。1984年に渡伊。国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵と美術史を専攻。東京造形大学客員教授。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリアと日本で暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。主な漫画作品に『スティーブ・ジョブズ』、『プリニウス』(とり・みきと共作)、『オリンピア・キュクロス』など。文筆作品に『国境のない生き方』、『仕事にしばられない生き方』、『ヴィオラ母さん』、『パスタぎらい』など。

画像2: パンデミック後に訪れるのは暗黒時代か、ルネサンスか
その1 パンデミックが招く社会の変化

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

「第2回:感染症が浮き彫りにした倫理観の違い」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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