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ヤマザキ マリ氏 漫画家・文筆家 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
古代ローマが領土を拡大できた背景には、他民族の文化に対する寛容性があったという。翻って今の日本を見ると、ある意見に対し、その内容よりも発言したのが誰なのかで取捨選択する傾向が強く、多様性と寛容性が狭まっているのではないかと両氏は指摘する。

※本対談は、2020年5月7日に行われたものです。

「第1回:パンデミックが招く社会の変化」はこちら>
「第2回:感染症が浮き彫りにした倫理観の違い」はこちら>
「第3回:古代ローマと日本の共通点、異なる点」はこちら>

専門家以外の意見を聞かないのは思考停止

山口
ローマ帝国のユニークなところは、シビライズ(文明化)するけれどカルチャー(文化)は残す、征服した地域の土着の宗教や文化を全部受け入れる戦略をとったことですよね。

ヤマザキ
そうです。「Clementia(寛容)」が帝政ローマの一貫したテーゼでした。帝国のテリトリーを増やすときには、「君たちの文化を壊さないし、信じている宗教をやめろとも言わない。ただローマという文明を新しく受け入れて、舗装道路を敷き、古代ローマの神殿を建ててもらいたい」という姿勢で臨むのです。ローマが提供した文化で属州民に喜ばれたものの代表例が浴場ですね。そういった姿勢が巨大帝国を形成できた要因の一つだったのだと思います。「寛容性」というのは、いろいろな意味で強力な武器になりえるのです。

山口
戦時中の日本の植民地政策はローマ帝国とは真逆の考え方で、日本語教育や創氏改名などの皇民化を推し進めましたよね。それが反発を招いた面もあると思います。

寛容性というのは多様性にも接続される概念で、いろんな考え方があるからこそ豊かになれるのだと言えます。しかし周りを見回すといろいろなところに、いわゆる「ムラ社会」と呼ばれる構造があって、これが大きな閉塞感を生む要因になっています。

ヤマザキ
そうですね。イタリアでは、新型コロナウイルスの感染が増え始めた3月末に、政府が発表している死者数よりも新聞のお悔やみ欄に載っている死者数が明らかに多いことに気づいた新聞記者が、地域のすべての死因を調べて分析し、高齢の感染者の多くが治療を受けられずに自宅で亡くなっていた実態を明らかにしました。 新聞記者という、感染症の専門家ではない人がそういうことをして、しかもその意見に耳を傾けることができるというのはイタリアらしいと感じます。

日本だと、例えば私のような人間が新型コロナウイルスについて何か言うと、「この人は専門家じゃないのに、何をわかったように発言しているんだ」と言われるわけです。確かに専門家は専門分野のことについては詳しいと思いますが、私は35年も前からイタリアなどさまざまな国に暮らしてきているし、山口さんだってそうですが、いろいろな国を見てきた人間だからこそ言えることってありますよね。それと、専門家とは違う目線からでないと、気がつけないこともたくさんあると思うわけです。なのに「この人は職種が違う」と狭窄的な視野でシャットダウンするのは思考停止の状態で、多様性や意表を受け入れないムラ社会的な価値観の顕れなのかとも感じます。

画像: 専門家以外の意見を聞かないのは思考停止

重視すべきは「誰が言ったか」ではなく「何を言ったか」

山口
トマス・ア・ケンピスという中世の思想家は、著作の『キリストに倣いて』の中で、「誰がそう言ったかを尋ねないで、言われていることは何か、それに心を用いなさい」と書いています。私はこの言葉がとても好きなのですが、日本人は「誰が言っているのか」を気にする人が多いですよね。偉い人なのか、専門家なのか。そうではない場合、内容を吟味する以前に聞く耳を持たないところがある。これはおっしゃるように思考停止、その意見について自分で考え、判断することを放棄している状態です。

ヤマザキ
他者の意見に飲み込まれず、自分の頭で考えるためには教養や知識が必要ですし、そうやってたどり着いた自分の意見を提示するためには、今度は勇気が必要になる。それが面倒だからと自分の頭で考えるということをやめてしまえば、多様性も寛容性も失われていくと思うのですが、そもそも日本ではそういう個々の主張は重要視されない教育になっていますよね。そうしないとうまく社会がまとまらないからなんでしょうけど。

山口
企業でも、「他責の風土をなくそう」といったことがよく言われますが、自分の考えや意思を示すことは、最終的に自分で責任を取ることになりますから、おっしゃるように勇気が要ります。日本人がそうしたことを苦手とする原因は、教育によるものなのか、生来の資質なのか、私にもよくわかりません。ただ、みんなと違う意見、立場を示すことが、かなり精神的な強さを必要とするのは確かですよね。

ヤマザキ
その精神力を、欧米では子どもの頃から授業でディスカッションを行って鍛えていくわけです。試験も口頭試問ですし、このように自分の考えを言葉にする訓練が、家庭や学校での教育の中に根付いているかどうかで、発言に責任を持つことに対しての恐怖心の大きさも違ってきます。このようにおのおのの考えを人前で言語化するスキルや自らの発言の責任を持つ勇気が、西洋における民主主義を成していると思うのですが、空気を読まねばならなかったり、特異な考えが推奨されない日本という土壌での民主主義とは同質ではないということを、今回の感染症の政府の対処や人々の反応を見ていて感じました。

画像1: パンデミック後に訪れるのは暗黒時代か、ルネサンスか
その4 寛容性は強力な武器になる

ヤマザキ マリ(やまざき まり)

1967年東京都生まれ。1984年に渡伊。国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵と美術史を専攻。東京造形大学客員教授。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリアと日本で暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。主な漫画作品に『スティーブ・ジョブズ』、『プリニウス』(とり・みきと共作)、『オリンピア・キュクロス』など。文筆作品に『国境のない生き方』、『仕事にしばられない生き方』、『ヴィオラ母さん』、『パスタぎらい』など。

画像2: パンデミック後に訪れるのは暗黒時代か、ルネサンスか
その4 寛容性は強力な武器になる

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。

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