「第1回:コンセプトという『核芯』。」はこちら>
「第2回:『商売の元』をつくる。」はこちら>
「第3回:優れたコンセプトの条件。」はこちら>
「第4回:キャリア形成のコンセプト。」はこちら>

競争戦略にしても、個人のキャリアにしても、最終的には具体的なレベルでの判断や行動になっていなければなりません。ただし、それにしても抽象レベルで本質を凝縮したコンセプトが起点にあって、それを具体のレベルへとブレイクダウンして出でくるものです。コンセプトがないと、判断や行動の基準が定まらない。何をやって何をやらないか、その見極めが場当たり的になり、一つひとつのアクションがつながったり積み重なっていきません。裏を返せば、これだ!と心底思えるコンセプトが出てきたら、それで話は半分終わったも同然でありまして、あとはそのコンセプトを忠実に具体化していく。自然と判断や選択が進んでいくはずです。迷うことも少なくなります。

例えば、その2で話したサウスウエスト航空。「空飛ぶバス」というコンセプトが具体的な意思決定、戦略的な選択の基準を与えています。今のLCCでは当たり前のことですが、世界ではじめて機内食を全廃したのがサウスウエスト航空です。ハブ空港を使わないで、乗り換えを前提とせずに二次空港をポイント・トゥー・ポイントでつないでいく。座席指定を全廃する。代理店に依存しないで直接発券する。短距離の国内便しかやらない。こうしたひとつひとつの選択が差別化をもたらしています。

ポイントは、こうした意思決定が全部「空飛ぶバス」というコンセプトから出てきているということです。バスでは食事は出さない。バスは、ポイント・トゥー・ポイントで運行するもので、ハブ・アンド・スポークではない。だとしたら、ハブ空港じゃなくてバス停のような二次空港でいい。バスは座席指定なんてしないし、代理店を通さずバス停に来てチケットを買う。つまり、「空飛ぶバス」というコンセプトから何をやって何をやらないのかという意思決定が自然と出てきている。

一つひとつは当時の業界の常識とは大きく違うもので、だからこそ戦略のイノベーションだったわけですが、それは経営者が変人だったとか、やみくもに業界の常識に挑戦する人だったからではなくて、「空飛ぶバス」を具体化すると自然にそうなったということなんです。

それはスターバックスでもそうで、店舗の設計やレイアウト、メニューに何を載せて何を載せないかということも、「サードプレイス」というコンセプトが基準になっています。AとB、2つのオプションのどちらがよりサードプレイスの実現に有効か、これを基準に一つひとつの具体的なアクションが決まってくる。

Amazonが他のECプラットフォームと一線を画するのは、「名寄せ」(※1)への徹底的なこだわりです。Amazonはありとあらゆるものを売っています。しかも外部の業者もAmazonマーケットプレイスで売るわけで、扱うすべての商品をしっかりと「名寄せ」しないと、お客さんにとっての「購買意思決定のインフラ」にはなれません。「名寄せ」の労力は半端じゃないと思うのですが、それはAmazonのコンセプトの実現に絶対必要だから、徹底してやるわけです。コンセプトは戦略を具体化する時の「基準」であると同時に「規律」でもあります。

(※1)名寄せ:分散されている同一のものを一元的なIDなどで統合管理すること。

キャリアも同様で、僕の場合の「芸者」というコンセプトは、僕にとっての「規律」であり「基準」です。そこから外れることはやらない。だから、前に「黒い巨塔」の時にお話ししたように、管理職はやりたくない。自分は「芸者」であって、「置屋のお母さん」ではない。いつまでも、フロントラインで、できれば一人で自由に芸を提供することを仕事にし、そこからは外れたくないと考えています。

こういう意思決定にしても、「芸者」というコンセプトがはっきりしていれば、迷うことがありません。芸はお客さんに届いてこそ価値があるので、僕は文章能力というか、文章修行を重視しています。こればっかりは常に書いていないとすぐに減退してしまう。アスリートの走り込みのように、日々の鍛錬として意識的に文章を書くようにしています。プレゼンテーションも重要ですが、定型的なプレゼンスキルのようなものは取り入れたくない。芸というのは、つまるところ自分のスタイルを買ってもらうということです。講義にしても講演にしても、あくまでも自分のスタイルを作っていきたいと思っています。

コンセプトという基準があると、一つひとつのことについて常にWhyを持つことができます。なぜそれをやり、これをやらないのか。ひとつのコンセプトから出てきているので、全部理由があるわけです。抽象的なコンセプトというと、実務や実践から離れたふわふわしたものだと思われたりしますが、抽象化ほど実践的で実務的なことはない。しかも、考えるだけですから、コストパフォーマンスも最高にいい。

ただし、抽象化で本質をシンプルにつかむというのは、それなりの知的能力を必要とします。頭を普段から使ってないとなかなかできないことかもしれません。「この人は頭がいいな」と感じさせる人の共通点として、抽象化で本質をつかむ能力が高いということがあります。

最近、明石ガクトさん(※2)という人と会って話をする機会がありました。動画の世界で活躍しているクリエイターです。彼と話していて痺れたのは、「動画は、映像ではない」という彼の仕事にある考え方です。これからは5Gの時代だ、動画の時代だというので、今多くの映像畑の人が動画を作っている。テレビをやっていた人が、「動画」を作っている。でも明石さんの考えでは、それは動画とは全然違うものだと言うんですね。つまり、自分の仕事の領分である「動画」とは何かということが、抽象レベルではっきりと定義されている。言葉にすれば「動画」の一言になってしまいますが、「動画」というコンセプトは深い思考に裏打ちされている。こういうのが知的能力ということだと思いました。

(※2)明石ガクト:ワンメディア株式会社代表取締役 「新しい動画産業を作る」をコンセプトに、ソーシャルメディアコンテンツの企画・制作・配信を行うワンメディアの代表。著書に「動画2.0」。

商売の戦略でも、自身のキャリアでも、コンセプトというのは「核芯」です。いつも言っている通り、ようするに「順番が大切」というのが結論です。抽象から具体へ、コンセプトからアクションへというのが正しい順序です。先にコンセプトがなければならない。雪だるまをつくるのにも、芯となる玉をしっかり固めるのが先決です。芯があるから、転がしていくと大きくなる。樹木にしても、太くブレない幹があるから、枝葉が繁る。いきなり枝葉に目を向けると、文字通り「枝葉末節」ばかりになり、結局のところ木は大きくなりません。

画像: コンセプト-その5
コンセプトを起点に具体化する。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
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「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
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八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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