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コンセプトは「商売の元」であり「違い」を作る源泉です。だとしたら、いいコンセプトというのは何か。今回は、優れたコンセプトの条件について考えてみたいと思います。

例えば、ファーストリテイリングのユニクロ事業のコンセプトは「ライフウェア」として定義されています。これは、言葉としてはごくシンプルでプレーンですが、僕は21世紀の大傑作だと思っています。洋服は昔からある成熟した業界で、ありとあらゆる物が売られていて、目が覚めるような技術革新というものもない。一見してやり尽くされている。しかし、強力なコンセプトがあれば、それでも斬新な切り口の上に新しい需要を創ることができる。「ライフウェア」はそうした力を持つコンセプトでした。

「ライフウェア」の意味するところは、生活の部品としての服です。「洋服で個性なんて発揮しないでください」という話です。個性とは、洋服ではなくその人自身の生活の中にある。「ライフウェア」は人々の快適な生活を支える部品です。ファストファッションに対するアンチテーゼになっています。

「ライフウェア」は、GAPのような「カジュアルウェア」とも一線を画してます。生活のシーンに合わせた機能を提供していくことはもちろん、機能が毎年向上していく。そのため買い替え需要が生まれる。人々は生活上の問題を解決するために、服を買う。それはカジュアルウェアとも異なるわけで、前回お話しした「何を売るのか」という意味でそれまでの洋服の業界にはまったくない独自のものでした。

「ライフウェア」を例に取ると、いいコンセプトの条件が見えてきます。ひとつは、「価値中立的である」ということ。コンセプトというと、For your better lifeとか、安心安全とか、きめが細かい顧客サービスという肯定的な意味を持つ副詞や形容詞がベタベタに入った言葉になりがちです。「ライフウェア」には、どこにもそういう言葉が入っていません。「サードプレイス」も「空飛ぶバス」もそうですが、価値中立的であるということが、優れたコンセプトの条件です。

なぜかというと、ベタベタに価値が入った言葉だと、ただの掛け声になってしまうからです。高校の野球部が「目指せ甲子園!」というのと同じようなものです。つまりは「頑張ろう」。「頑張ろう」というのは経営者にとっては禁句だと僕は思っています。「頑張ろう」なら誰でも言える。すぐに「頑張れよ」になり、やがて「何とかしてくれ」になる。これでは、戦略として意味がない。

戦略というのは違いを作ることであり、何をやって何をやらないかというトレードオフの選択です。何をやらないかで、他社との違いができるわけで、For your better lifeとか安心安全では、何をやらないのかがわかりません。「ライフウェア」には、「ファストファッションではない。カジュアルウェアではない。そういうことはしません」という明確なメッセージが込められています。だから、ファッションで気分を高揚させたい人は、ぜひユニクロではなくZARAに行ってくださいと言えるわけです。価値中立的でないと、トレードオフは作れません。

2つ目のいいコンセプトの条件は、「コンセプトはひとつ」ということです。前回も話しましたが、顧客に対する提供価値を考えましょうと言うと、すぐにずらずらと箇条書きをする人がいます。本質的な顧客価値というのは、ひとつであるべきです。そうでないと顧客にとっての本当の価値が明確になりません。スターバックスはどこを切っても「サードプレイス」、ユニクロにとって売り物は「ライフウェア」ただひとつしかない。この潔さがコンセプトには求められます。

例えば、僕が素晴らしい戦略だと思っている、『トラスコ中山』(※1)。工場や工事現場で使う間接資材の卸売りの会社です。中山社長によると、卸が満たすべき顧客のニーズというのは3つしかない。「今持ってこい、すぐ持ってこい、いいから早く持ってこい」の3つだというんですね。つまりはひとつ。ここに徹底的に絞り込んで、卸ならではの価値を提供しているのが『トラスコ中山』です。卸売業というマージンが宿命的に薄い業界でも安定して高い収益を上げている理由は、このコンセプトにあります。

(※1)トラスコ中山株式会社:工場や屋外作業現場で使用される機械・工具等の生産用副資材(プロツール)の専門卸売企業。トラスコ中山のトラスコとは、「TRUST(信頼)+COMPANY(企業)=信頼を生む企業」の造語。

コンセプトというのは、人間で言うと哲学みたいなものです。ふたつ以上あればそれは哲学とは言えません。哲学はいいときも悪いときも核にある変わらないものです。コンセプトが変わるとしたら、それは戦略ストーリーの全面書き換えを意味します。ひとつの戦略にはひとつのコンセプト、ということです。

優れたコンセプトの条件の3つ目は、「普通の人間の本性を突いている」です。クリエイティブと言うと、奇抜なものを考える人が多いのですが、コンセプトは、奇抜でなくていいんです。普通の人間をターゲットにしないと、大きなビジネス、持続的なビジネスにはなりません。優れたクリエイターと言われている人に実際に会って話を聞くと、ごく普通の人、普通の考え方をもって、普通の人々の思考や生活をよくわかっている人が多い。そういう人でないとコンセプトは作れません。

その2でも触れたFacebookの「人間の自己愛の充足」というコンセプトも、自己愛が普通の人間の本性だからこそあれだけ大きなビジネスになるんです。本性というのは変わらない、しかも非常に太い需要です。人間の本性を洞察してそこを突くというのは、ハイテクだろうがローテクだろうが、あるいはBtoCだろうがBtoBだろうがまったく同じ大切なことだと思います。イノベーティブなビジネスほど、オーソドックスで古典的な人間の本性をつかんでいるものです。

ミクシィは『モンスターストライク』(※2)というゲームを作る時に、「バーベキュー」というコンセプトを定義しました。バーベキューの価値というのは、普段と違う場所で、みんなが集まって、屋外でワイワイガヤガヤと非日常的な時間を楽しむことにあります。当時インターネットのゲームがスマホ端末になってきて、子どもがずっと下を向いて、小さな画面に集中して、1人でのめり込んでいくゲームが主流でした。『モンスト』は最初からそことは違う方向を目指した。それが「バーベキュー」だったんです。

(※2)モンスターストライク:株式会社ミクシィ内のスタジオ「XFLAG」から配信されているスマートフォン用ゲームアプリ。RPG(ロールプレイングゲーム)とドラッグ型アクションを融合させたアクションRPG。

「よし、モンストやろうぜ」と言って友達同士が学校帰りに集まって、「うわー」とか「やられたー」とかみんながネット対戦で盛り上がれる。『モンスターストライク』の成功の最大の理由は、「バーベキュー」という人間の本性をついたコンセプトの定義が起点にあったからだと思います。技術は非連続に変わることもありますが、人間の需要というのは常に連続している。人間とは本来的に連続したものなので、そこをうまくとらえていないと、太い商売にはならないと思います。

「価値中立的」「ただひとつ」「普通の人間の本性を突く」、これが、僕が考える優れたコンセプトの3条件です。

画像: コンセプト-その3
優れたコンセプトの条件。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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