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菊澤 研宗氏 慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科 教授 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
組織の不条理が起きる背景には、損得計算原理とともにリーダーの資質もあるとする菊澤氏は、現代のリーダーに欠けているものとして「主観的な価値判断」を挙げる。基本的には誰がやっても同じ正解に至るはずの損得計算の結果から、さらにその計算結果に従って行動することが善いか悪いかを独自に意思決定ができるかどうかに、リーダーであることの真の意義があるという。

「第1回:人間や組織は合理的に失敗する」はこちら>

「目的合理性」だけではうまくいかない

画像: 「目的合理性」だけではうまくいかない

山口
組織の不条理現象は、先生が指摘されているように太平洋戦争における失敗の原因であり、さらには現代における失敗の本質にもつながっているということですね。一方で歴史を振り返ると、明治の日露戦争時や高度経済成長期の組織では、意思決定のあり方が違っていたように感じます。

菊澤
時代背景や環境などの要因もあるものの、僕がいちばん指摘したいのはリーダーの資質という問題です。太平洋戦争当時と現代のリーダーには、やはり欠けているものがあると思います。

前回お話ししたように、人間は損得計算をして経済合理的に行動するものです。何かを行うとき、おそらく90%以上のケースで損得計算をして、得ならば行動するし、損ならば引くという行動をしています。特に近年は、米国流の経営学、いわゆる経済合理主義的な経営の影響で、企業活動においてその傾向が強まっています。経済合理主義では、ウェーバーの言う「目的合理性」を追求することで企業経営はうまくいくと信じられていますが、それが逆に不条理を招いてしまう可能性があるのです。

そこから脱するためにリーダーに求められるものが、「主観的な価値判断」です。

山口
先生が以前からおっしゃっているように、カントの「理論理性」と「実践理性」の違いですね。カントの理論理性はウェーバーの目的合理性であり、これに従って行動するのは因果法則に従っているだけだと。一方の実践理性は「価値合理性」であり、主観的な価値判断を行う理性です。リーダーに必要なのは実践理性の方なのですね。

固定化したシステムに適合した人が出世する

画像: 固定化したシステムに適合した人が出世する

菊澤
そうです。多くの優秀なリーダーは理論理性の段階で止まってしまっています。例えば、ここ慶應義塾大学の学生は、間違いなく全員が即座に損得計算のできる人たちです。でも、その計算結果に従うことが善いか悪いか、もう一段上から主観的に価値判断できる人は10人に1人いるかどうかでしょう。

僕は、「たとえ損得計算の結果がプラスでも、それは善くないと価値判断して抑止できるかどうか」、ここにリーダーとしての真の資質があるのだと考えています。でも、そういう判断のできるリーダーは少なくなっていると感じます。明治のリーダーは武士道や士道を学んでいましたから、道徳的優位性や儒教の五常(※)を備えているからこそ自分が人の上に立っているという意識が身についていました。戦後に活躍し、名経営者と呼ばれた方々の多くも、戦前の教育できちんとリベラルアーツを学んでいました。現代のリーダーのほとんどはそうした教育を受けていないため、人の上に立つにあたっての哲学がないのだと思います。だから、自分の価値判断の拠り所がなく、自信が持てないのかもしれません。

今日の企業においては、基本的に業績が優れている人が出世しますね。でも、経済合理性から判断すると業績を上げている人ほど現場にいたほうがよいわけです。ならば、リーダーになるべき人は何を備えているべきなのか、わからなくなってしまいます。

山口
出世のパラドックスですね。

菊澤
それで人事の方々も悩んでおられるようです。人事研修で、「リーダーの条件は何ですか」と聞かれたとき、僕はこう言っています。「主観的に価値判断して、それに対する責任がとれるかどうか」だと。ところが、それがなかなか難しい条件なのです。

山口
お話を伺って改めて思ったのは、明治や戦後は社会システムががらりと大きく切り替わった時代で、過去と切り離された環境だったからこそ、自分の意思、価値観を発揮できる人が活躍できたと言えるのかもしれません。太平洋戦争時や現在のリーダーは、社会や組織のシステムが固定化して安定してきた中で、それに上手に適合した人たちなのでしょう。そう考えるとやはり構造が似ていますよね。

菊澤
まさにご指摘のとおりだと思います。人事制度や教育制度が固まってくると、人はそれを考慮しながら損得計算し、合理的に行動するようになっていきます。だから、個人も組織も損得計算だけに長けていくようになるのでしょう。まさに、ウェーバーのいう魂のない鋼鉄の檻のような人間組織が形成されるのです。

(※)儒教の五常:儒教の教えで、「仁・義・礼・智・信」のこと。「父子・夫婦・君臣」のことを意味する「三綱」とまとめて「三綱五常(さんこうごじょう)」とも言う。三綱が具体的な人間関係に対し、五常は抽象的な道徳を教えるもの。

画像1: 組織の不条理を超えるために、求められる「主観的な価値判断」
その2 リーダーに求められる条件とは

菊澤 研宗(きくざわ けんしゅう)

1957年生まれ。慶應義塾大学商学部卒業、同大学大学院商学研究科修士課程修了、同大学大学院商学研究科博士課程修了。ニューヨーク大学スターン経営大学院客員研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院客員研究員、防衛大学校教授、中央大学教授を経て、現在、慶應義塾大学商学部・大学院商学研究科教授。経営哲学学会会長、経営学史学会理事などを歴任。現在、経営行動研究学会理事、経営哲学学会理事、戦略研究学会理事、日本経営学会理事。著書に、『比較コーポレート・ガバナンス論』(有斐閣、第1回経営学史学会賞)、『組織の不条理-日本軍の失敗に学ぶ』(中公文庫)、『改革の不条理-日本の組織ではなぜ改悪がはびこるのか』(朝日文庫)など多数。

画像2: 組織の不条理を超えるために、求められる「主観的な価値判断」
その2 リーダーに求められる条件とは

山口 周(やまぐち しゅう)

独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。1970年東京都生まれ。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

「第3回:損得計算の結果と価値基準のずれこそが見せ場である」はこちら>

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