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日本のビジネスにおける「アジャイル」の活用
――「アジャイル」や「スクラム」が、日本の経営における事業革新や組織改革に適用された事例というのはあるのでしょうか。
まだ日本での事例は少ないですが、あるクライアントではマーケティングの部署が「スクラム」を活用しています。何をやっているのかというと、年間マーケティング予算があって、マーケティングのチャネルがある。どこにどれだけ予算を使うかを、ウォーターフォールで決めてその通りに1年間回しても、効果が出ないそうです。そこで、とりあえず仮説をもとに小さなメディアにターゲットを絞った広告や記事を出してみる。それが正しいわけではないので、測定・分析して、使うメディアや内容を改善しながらまた活動する、ということを週次でやることで、どのチャネルを使ってどのタイミングで広告や記事を出すと精度やコストパフォーマンスがいいかということを、「スクラム」でやっているチームがあります。
また、ある製造業の企業は、会社のマネジメント自体を「スクラム」でやりたいと言っていて、それは組織のセグメントごとにさらに小さなスクラムチームに分けて、その上にそれをまとめるスクラムチームを作って、その上にまたスクラムチームというツリー構造にする。毎朝「朝会」(※)で話し合われた問題点や上の判断が必要な内容が、午後一にはエグゼクティブに上がってくる。そんな形に組織を変えて、意思決定スピードを高めたいと考えている会社があります。
(※)朝会:デイリースクラムとも呼ばれる、15分の立ち会議。昨日やったこと、今日やること、問題点をチーム内で共有する。マネジメントの役割は、チームの障害をとりのぞくこと。
海外のビジネスにおける「アジャイル」の活用事例
――海外ではどうなのでしょう。
海外の事例は、たくさんあります。例えば大手音楽配信サイトは、もう全部アジャイルチームなんです。システムが大きすぎるので、顧客の価値に合わせて部品化された機能ごとにチームを作って、プロダクト全体を階層的なスクラムで回している。
アメリカの戦闘機『F16』は、40年以上前に作られたモノですが、これは3人で設計されたプロダクトで現在も十分現役で飛んでいるし、コストバランスが良いと言われています。ところが、『F35』という新しい戦闘機は、ものすごい巨額のお金がかかっていて、ランニングコストも高い。これはなぜかというと、巨大なウォーターフォールで作られているからです。
一方でスウェーデンにサーブという航空機メーカーがあって、『グリペン』という戦闘機を作っています。この戦闘機が、『F35』より圧倒的にコストパフォーマンスが高い。それはなぜかといえば、「スクラム」で作っているからだそうです。
米国のScrum Inc. が支援したやり方(論文)は、戦闘機全体を複数の機能、例えば「機体」と「兵器」と「エンジン」に分けて、それぞれのインターフェースを最初に決めてしまう。その後、このそれぞれのインターフェースを変えないようにして、機能ごとに「スクラム」によって開発を進めていく。「機体」を作る複数のチーム、「兵器」を作る複数のチーム、「エンジン」を作る複数のチームが、1スプリント3週間で子どものように夢中になってその期間でやり遂げるべき仕事に取り組む。それはなぜかというと、3週間後にはその成果が結合することがわかっているからです。そして実際に3週間ごとに戦闘機を飛ばして実証テストをするのだそうです。
各スクラムチームは、毎日「朝会」を7時30分から開く。その結果を、上の「スクラム」の「朝会」で共有・検討し、さらに上の「スクラム」へとあげていく。スクラム・オブ・スクラムですね。そして最後の取締役レベルのエグゼクティブ・アクション・チームまで、1時間であがって来るので、そこで毎日意思決定をするという仕組みを回しているのだそうです。これは僕も見たことがないので、にわかには信じがたいですが。ただ、エンジニアや現場での課題、例えば「この部品と道具がなければ作れない」という障害が、予算をつけるというマネジメントの判断で除去されれば、現場のモチベーションもスピードも上がりますよね。こういう事例が、海外ではもうずいぶん出てきています。
――まだ日本での事例が少ないというのは、縦割りとか日本の組織構造の問題なのでしょうか。
確かに日本では、なかなか難しいです。「変えるべきだ」、それがアメリカ流です。アメリカというのはトップが替わると、ガサっと人を辞めさせたり、組織を変えたりします。でも日本では、そんなに簡単に人は辞めさせられないし、評価制度の硬直化も問題です。何より変えるのが苦手で、組織の力が強力です。
すでに出来上がった組織構造があって、この組織を変えにかかると、人事だったり会社のこれまでの既得権益だったり、とんでもないパンドラの箱があるわけです。そこにエネルギーがかかって仕方がない。それを打ち破るヒントになるかもしれないのが、ジョン・コターの『XLR8(アクセラレイト)』という本に出てくる、デュアル・オペレーティングシステムという考え方です。
この本では、例えば強固な組織でも、その中で自律的に動いてるスクラムチームは実はたくさんある。それらをスター型につないでいくべきだという議論を提唱しています。「これまでのオペレーティングシステム(ハイアラーキー)と、スクラムをつないだオペレーティングシステム(自立分散)を両方持って、従来の組織はこれで残しながら、スター型のスクラムをやっていくべきだ」と言っています。日本でもこのやり方であれば、変わっていくと思います。草の根活動と、トップダウンの両方が必要です。
また、日本の大企業では、デジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるために、本体の組織とは切り離したところで、「スクラム」で事業開発をする会社が出てきています。いまも、多くの企業がそういった「出島」を作って、その中に小さいスクラムチームを作り、そこに営業の機能やマーケティングの機能、それから開発の機能を全部入れてしまって、スタートアップのようにビジネスの種を作っていく。このようなプロジェクトを複数つくり、小額投資でうまくいくプロジェクトを残していく。
その方法でイノベーションを作ることができれば、日本でも組織が変わるのは早いかもしれませんね。
アジャイル開発の現場---5
平鍋氏は、福井に戻ってからの自分自身の歴史を、ホワイトボードに一息で書ききってしまった。(Agile Studio Fukui にて。リモート見学を受け付けています)
平鍋 健児(ひらなべ けんじ)
永和システムマネジメント株式会社代表取締役社長、株式会社チェンジビジョン 代表取締役CTO、Scrum Inc.Japan 取締役 1989年東京大学工学部卒業後、3次元CAD、リアルタイムシステム、UMLエディタastah*(旧名:JUDE)などの開発を経て、現在は、オブジェクト指向技術、アジャイル型開発を実践するエンジニアであり経営者 初代アジャイルジャパン実行委員長、要求開発アライアンス理事 著書『アジャイル開発とスクラム ~顧客、技術、経営をつなぐマネジメント~』(野中郁次郎と共著) 他に翻訳書多数あり
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
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