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僕の仕事は、結局のところ“芸”だと思っているんです。僕のキャリアコンセプトは「芸者」です。自然科学のような法則の探求とか、再現可能な法則を実験や論理的な展開によって証明するという真理の探求ではありません。再現可能な法則は商売ごとでは成り立ちませんから。実際に商売をされている方に、「要するにこういうことではないでしょうか」「こう考えてみたらいかがでしょうか」という、理論というよりも「論理」を提供するのが仕事だと思っているんです。そういう意味も含めて、かなり“芸事”に近い。僕の仕事は“学問”ではなくて“学芸”といったほうがいい。本来なら学芸大学に行きたいぐらい。

その1でも触れた榊原ゼミで共に教わった青島矢一さんは、アカデミックな研究でいい仕事をされていますが、若い頃に話していて決定的に違うなと思ったのは、彼は“わかる”ということが一番うれしいのです。世の中の複雑な現象、例えば彼の研究分野である技術的なイノベーションについて“わかった”ということがうれしいし、しびれる、これで報われているんです。彼のような人が本当の学者なのだと思います。

僕は、わかるだけでは満足できなくて、人に「わかってもらう」のがうれしいんです。本を読まれた方に、「あの時、あの本を読んで、こういう考え方もあると気づかされた」ということを言われたりすることが一番うれしい。これが“学問”と“学芸”の違い。

青島さんのように純粋に自分が“わかる”ことに喜びを感じる人、つまり多摩川でいう奥多摩の清流の水の澄んだ上流で生きている人を、僕は『川上哲治(カワカミテツハル)タイプ』と呼んでいます。一方で、本当に河口の方で、自分の考えによって実際に世の中に変化が起きないと嫌な人もいます。特に学者から政治の世界へ出ていく人は、自分の考えに沿った政策を進めてそれが現実の資源配分につながるという川下に喜びを感じるんですね。

僕はそのどちらでもなくて、多摩川でいう登戸のあたり、川上の奥多摩ほど澄んでいるわけではないけれども、利害にまみれた川下でもない。この中流の登戸あたりがフィールドだと思っていて、自分では『川中美幸(カワナカミユキ)タイプ』と呼んでいます。

僕は30歳過ぎるまで、榊原先生のインパクトが強過ぎて、研究も先生がやっておられた“技術経営”をテーマにしていました。しかし、考えることは好きなのですが、具体的な研究テーマとしてあまり盛り上がらないのです。だましだましやっているときに、以前にもお話しした小林信彦さんの著作『おかしな男 渥美清』という本に出会いました。

渥美清という人はものすごい複雑な人で、特に若い頃は個人主義的で、人付き合いが悪くて、愛想が悪くて、合理的な人で、全然『寅さん』のイメージとは違う人なんです。自分のキャリアを大切にする。自分に合わない仕事はバンバン断る。なかなかはまり役が回ってこない。そういう屈折した時期を経て、『男はつらいよ』が始まります。そのとき渥美清は小林さんに「おれは今、この仕事、すごい“乗って”やってるんだ」と話したそうです。

その渥美清の言葉、これが僕にとってのディープインパクトでした。僕自身も自分で“乗って”できるテーマに取り組まないと駄目だと考えまして、いまの競争戦略へとテーマを移したんです。

小林信彦経由で読んだ芸論の中で言うと、『由利徹』。この人は、僕が考える“仕事の理想”なんです。好きなことを徹底的にやる。くだらないことをやって人を笑わせるのが生理的に大好き。だからスタイルが一貫していて、ぶれることがない。人気の浮き沈みにも大して影響されない。映画にも数多く出演されていますが、現場では由利徹が来る日には、監督以下みんながもう楽しみにしているという、存在自体が喜劇役者という人です。

新東宝の映画にもたくさん出ていますが、その頃を振り返るというインタビューで、「もうギャラも安いし、1日3本掛け持ちでパッとやって、場数で稼がなきゃなんないの。でも本当に楽な仕事で、新東宝大好き」。実にイイ加減なんですね。その人が、「やっぱり最高なのは舞台だよ」と言い切っているんです。「舞台でアドリブを連発して、田舎のおじさんおばさんたちを腹を抱えて笑わせる快感。これに代えられるものはない」と答えているのを読みました。現場で顧客にダイレクトに評価されることの大切さを教えられました。

最近だと、同じことを『ナイツ』という漫才コンビから教わりました。正統派の浅草の漫才で、ギャグという名の決まり文句に絶対依存しない。スピーディーな話の展開の流れの中で笑わせる。ナイツの塙さんは、自分の考える面白さの言語化に優れています。インタビューでは「ギャグで面白いことを言おうとするのが自分は大嫌い」「受けるのはわかっていてもギャグだけは絶対にやりたくない。漫才に固有の面白さを追求したい」と話していました。

『由利徹』や『ナイツ』から受けたディープインパクトは、お客さんの前にダイレクトに出ていないと駄目だということです。自分も“芸事”なので、常に自分の“芸”を必要としてくれる人の前に出て、いつも直接さらされている必要がある。自分の考えをまとめて正確に伝えるメディアとしては本がベストなのですが、講義とかセミナーとか会社の経営助言の現場の仕事、これも僕にとって本当に重要で、一生やっていたいなと思います。

画像: ディープインパクト-その3
芸人 渥美清、由利徹、ナイツ。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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