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最近、いい本を読みました。作家の平野啓一郎さんが書かれた『「カッコいい」とは何か』という本です。「カッコいい」という概念を、あらゆる角度から突き詰めていくというかなり言語ゲーム的な内容で、すごく面白かった。「考えるってこういうことだな」ということを見せてくれる本です。本の中で著者の平野さんが「カッコいいの中核には“しびれ”がある」と言っています。

音楽の「カッコよさ」というのは“しびれ”であり、“しびれ”というのは体が勝手に反応するということである。即時、体が勝手に反応するということは、うそ偽りがないということであり、この身体性、快感性、問答無用さが「カッコいい」という概念の中核にあると言っているのですが、まったくそのとおりだなと思います。

僕が所属している『Bluedogs』という迷惑なバンドがありますが、あれも子どもの頃に“しびれた”音楽を、今自分たちで実演することによって“しびれたい”というのが唯一絶対の動機になっています。もうそれだけのためにあるバンド。その辺がライブに来てくださる方々にとっては迷惑なのですが、僕にとっては重要な“しびれ”です。この前のライブではレッド・ツェッペリンの『ロックン・ロール』という曲から始めましたが、中学生の時に“しびれた”感覚はいまでもまったく変わりません。“しびれ”は裏切らない。聴くよりも演奏するほうがさらにしびれる。これは嘘偽りがない感情なんです。

つまり“しびれる”というものには、その人の本当がそこに表れている。平野さんは、私とは何かというアイデンティティに対する答えの重要な一端が、“カッコいい”とか“しびれる”にあると言っています。それについて考えることは、いかに生きるかを考えることだ。一般論として「人間はこう生きなきゃいけない」ということではなく、「自分はどう生きるべきか」を考えるひとつの鍵になるということで、これは面白い話だと思いました。

音楽だけではなく、本でもやっぱり“しびれ”て、それがディープインパクトをもたらすということがあります。大学生の頃、たまたま井原高忠さんの『元祖テレビ屋大奮戦!』という本を読みました。この方は日本テレビのプロデューサーだった方で、日本のテレビが創成期だった頃のバラエティー番組のプロデューサーです。この人の仕事への姿勢ややってきたことが書かれているのですが、とにかく強烈なインパクトがありました。仕事や人生なんて「これでいいんだ!」という、スカッとした気分になりました。

その当時の一橋大学だと、商社とか銀行とか保険の会社とか、そういう企業に就職するのが暗黙の規範になっていました。圧倒的大多数がそうだったので、そうあるべきだという雰囲気が横溢していまして、さて、自分としてはどうしたものかと思っていました。榊原先生との出会いもあって、大学の研究者もいいなと考えはじめてはいましたが、うちの父も勤め人なので、何となく「これでいいのかな」という思いもありました。

その頃この本に出会いました。井原さんは、学生のときにセミプロのカントリーのバンドをやっていて、いよいよ就職ということになります。いつまでもテンガロンハットかぶって歌ったり踊ったりしてる場合じゃないだろうということで、ジャーナリストになろうと思って新聞社を受けても全然駄目でした。ちょうどその頃、テレビ放送が始まります。当時のテレビは今のスタートアップみたいな感じだし、新聞社よりも歌舞音曲が多そうでいいやということでテレビ局に行きます。とにかく動機が適当なんです。「そういうことなんだな、仕事を選ぶというのは」と目を開かされる思いがしました。

日本テレビ入社後は、ただ強烈に日本のバラエティー番組が好きで、その水準を上げたいということでアメリカに視察に行き、すべてにおいて進んでいたアメリカから徹底して学んできます。
そしてテレビ創成期の革命的なヒット番組を次々に生み出します。
例えば『光子の窓』、『スタジオNo.1』、『ゲバゲバ90分』、『11PM』。『24時間テレビ』も、井原さんが始めたんです。

井原さんは仕事をするときには「形から入る」ところがあって、すぐにスタッフでお揃いのジャンパーを作ったり、もっといいヘッドホンにしたらやる気が出んじゃないかとか、そうやって才能がある人を集めて優秀な番組を作っていく。そういうところにも “しびれ”ました。

というのは、僕も形から入る方でして、学者になるときにもこういう研究がしたいという学問的使命感はまったくなし。会社にも入らず、自分一人で考えたり読んだりが好きだし、発表も好きなので、講義をやったりする仕事はなんか良さそうだなっていう“形”から入っていました。「じゃあ君は何を追求したいんだね」と聞かれると、「ま、それは追い追い考えますので……」みたいな感じでした。

大学院に入ってみると、当たり前ですが本当にひとつのことを突き詰めたいという人が一定数ちゃんといて、「人間は制度を変えられるのか」とか大きなテーマに取り組んでいる人たちがいまして、“形”から入った自分はどうかな、と思ったのですが、井原さんに影響を受けていた僕は、「それでいいんだ、そのうちに……」という構えでいました。井原さんはエンターテインメントやショービジネスを考えてやるのが好きで、僕は本読んだり考えたり発表するのが好き。基盤はそれでいいんだ、好きであればいいんだと、気楽にやることができました。

井原さんという人は、プロデューサーとして大成してからも自由闊達なんです。TBSがずっと『レコード大賞』というのをやっていて、それに対抗する音楽番組として『日本テレビ音楽祭』というのを始めます。この『日本テレビ音楽祭』というのは『レコード大賞』とは違って、歌がうまい人を選ぶのでもなく、いい曲を選ぶのでもなく、一番ヒットした曲を選ぶのでもありません。「その年、日本テレビに一番貢献した人に与える賞だ」ということを彼は公言して始めるんです。どうせ『レコード大賞』があって、みんなそっちを見てるんだから、今さら対抗したってしょうがないだろうと。どうせ今後の歌番組の商売につなげるために予算投資するなら、日本テレビに貢献した人に賞を与えて、日本テレビに引っ張ってくればいい。それでいいじゃないかと。

大いに視聴率を稼いで、ヒット番組をいっぱい作った人なので、若くして役員になるんです。将来は日本テレビの社長間違いなしって言われていたのですが、50歳で会社を辞めてしまいます。それは、自分は現場でガンガンやってるときは優秀だけれども、本社の管理部門に来ちゃうと全然調子が出ない。現場だったら俺が一番偉いのに、平取締役だとトップマネジメントの中で一番下っ端になる。しかも現場の感覚で言うと、もうバカばっかりだって言うんです。要するにセンスとか求められているものが全然違う。本社の偉い人は現場ではタダのバカ。逆に現場でいちばん偉かった自分が本社ではタダのバカになってしまう。こう考えた井原さんは日本テレビの役員になってすぐに辞めてしまいます。

もともと自分がうっすらと思っていたものを「それでいいんだよ」と肯定し、引き出してもらったという意味でディープインパクトを受けた人です。井原さんの本で人生が変わりました。

画像: ディープインパクト-その2
プロデューサー 井原高忠。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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