日立の中のデザインの変化
柴田
はじめまして、本日はよろしくお願いいたします。
山崎
こちらこそ、よろしくお願いします。今日は大阪まで来ていただき、ありがとうございます。
柴田
それでは、はじめに自己紹介も兼ねまして、僕の仕事である『ビジョンデザイン』についてお話しさせていただきます。僕はもう日立で20年ぐらいデザインをやっていまして、もともとはプロダクトデザインの勉強をして、プロダクトデザイナーとして入社しました。自分たちで言うのも変なのですが、日立のデザイン部門というのはちょっと面白くて、デザインの役割を広げていくみたいなことをずっとやってきているんです。
もともとは家電のデザインをする部門として60年ほど前にスタートしましたが、社会が変わり、日立のビジネスが変わっていく中で、僕が入った2000年頃は、銀行の店舗における来店者のエクスペリエンスから銀行の業務システムを考えるといったような、デザインの中心を、モノの形を考えることからカスタマー・エクスペリエンスを考えることへと移行させ始めた時期でした。今の家電は、日立の事業全体の売り上げの5%ほどですから、自分たちの仕事や価値を認めてもらうためには、デザインの可能性を広げていかなければならないという事情がありました。
山崎
家電が5%とは驚きました。勉強不足で恐縮ですが、いまの日立のメインの事業はどのような事業なのでしょうか。
柴田
大きくはインフラということになります。鉄道でいえば、車輌そのものから列車の運行システム、乗車券発行システムまでを行っていますし、金融、流通、水、エネルギー、ITといった分野でのインフラシステムを提供しています。
山崎
いま日立の組織図を見せていただいて、ようやく全貌が見えてきました。もし、家電やハードウェアの事業の割合が50%程度あれば、フィジカルなモノのデザインに取り組むだけでよいかもしれません。しかし、ハードやソフトを含めてこれだけ幅広い事業に取り組まれているのであれば、カスタマー・エクスペリエンスやサービスデザインという方向にデザインの概念を広げていかないと、社内での価値を維持できませんね。
ビジョンデザインとは何か
柴田
おっしゃる通りです。2010年頃に、日立は社会イノベーションの会社になるという方向に舵を切りましたが、その頃の社内ではそれが何をめざすのか理解しきれませんでした。そこでデザインチームが中心になって、例えば自動車や鉄道という枠組みにとらわれることなくモビリティ全体をサービスとして考えてみる。ヘルスケア、エネルギーといったインフラを人や社会の視点から再考するということで『ビジョンデザイン』が立ち上がりました。
そして2016年に、これからの社会のテーマとして内閣府が“Society 5.0(超スマート社会)”を発表しました。基本的なコンセプトには共感をしたのですが、発信されるメッセージを見たときに、IoTとかAIとかドローンとかテクノロジーが中心のビジョンになっていて、英語の資料でも「超スマート社会」は「Super Smart Society」となっている。僕らはスマートは手段としては必要かもしれないけれど、スマートを超えた価値をみんなで考えていかないとSocietyは5.0にはならないと思いまして、“Beyond Smart”というコンセプトを自分たちで考え、ここにおける社会システムのあり方を考える専任チームを立ち上げました。
これからの社会を研究するために、これまで京都大学のさまざまな先生にお話しを聞いてレポートにまとめたり、スマートを超える価値を持った仮説の社会を映像化して、それをもとにさまざまな人と議論することで、これからの社会の手がかりを探すといったことをやっています。
そして、今年4月に私たちの部門が国分寺に引っ越すことが決まった時に、新しいまちのしくみを社会に実装していくという意味でも、国分寺という地域で市民の方々と何か新しいことができないかと考えまして、“こくベジ”という国分寺の農畜産物の地産地消活動を行っている人たちにヒアリングをし、まず仲間に入れていただくことから始めて、ひとつのイベントを形にしました。
この活動では、今までの日立の中のプロジェクトである役割を担うというのとは全然違う学びがありました。こういうことを通じて、市民と一緒に僕らが持っているデザインだとかデジタルの技術も使いながら、新しい社会の仕組みのヒントみたいなものが探せたらいいなと考えています。
「対企業」と「対住民」との違い
山崎
それは、日立の中でのR&Dを本業にしつつ、コミュニティでの活動を増やしていこう、ということですか。
柴田
割合としてどうなっていくかは、まだわかりません。今回コミュニティという活動に参加させていただいたのは初めてなので、ここで日立のR&Dの中にあるデザインの新しい役割として何か見えてくるものがあるのであれば、活動を続けていけるとは思います。
山崎
なるほど。地域の人たちと『コミュニティデザイン』という仕事をするとき、仕事の立場で関わるチームのあり方と、地域の人たちと共にワークショップを通じて意思決定するということは、すごく密接に関係しています。例えば日立という大きな組織のなかで、会社や事業、部長や課長の決裁などをなしに、地元で決めて、地元の人たちがやって、地元の人たちが失敗しても、「よかったね」って笑っていられるような組織であるかどうかが、すごく重要だと思います。
柴田
そうですね。おっしゃるとおりです。今自分のチームとしては、やりたいことがある人が、地域に出て行ってもらって、地域の方と一緒にやりたいことをやっていくっていうことをしています。一方で、日立というのは企業なので、人事異動もあれば組織改編もあります。でも地域の方々は、もうそこにずっと住まわれて、真摯にその地域の問題に向かわれている。そこで一緒に何か面白いことをやっていこうっていうときに、関係をどう作っていくかというのがすごく難しいです。チームのメンバーもすごくやる気を持って入ってくれているけれども、1年後にいるかどうかは約束できないんですというところがあるので。
山崎
企業の中に、やりたいことがある熱意を持った人がいるということはよくわかります。これまでBtoBで、日立がさまざまな企業に対してクリエイティブなチームを作り、自分たちが作りたいと考えたソリューションを提供してきたことは、ビジネスとしてとてもハッピーなことです。しかし、同じことをコミュニティでやったときには、「あなたたちのやりたいことは、私たちにはいらない」「斬新な変化なんて、欲しくない」と言われてしまう可能性が高いです。
僕らも企業として、地域の人たちと一緒に活動するのですが、そこに住んでいないstudio-Lのスタッフが、自分たちのやりたいことを提案することにはあまり意味がない。やりたいことは、こちらから出しては駄目なのです。それよりも、地域の人たちと共に考えたまちづくりが2年で実現できそうだというときに、「いや、急がずにじっくり5年かけてやっていきましょう」と提案できることの方が重要です。
本当に地域の人たちと一緒に物事を進めていこうと思うと、企業内のクリエイティブな組織は邪魔になってしまうかもしれません。企業と地域コミュニティの関係というのは、そういった難しさがあります。
柴田
企業内のクリエイティブ組織がつくる「やりたいこと」が、形のきまったソリューションなのか、方向性を示すビジョンなのかということで、その関係性が変わってきますね。
山崎亮(やまざき・りょう)
studio-L代表。コミュニティデザイナー。社会福祉士。1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院および東京大学大学院修了。博士(工学)。建築・ランドスケープ設計事務所を経て、2005年にstudio-Lを設立。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。まちづくりのワークショップ、住民参加型の総合計画づくり、市民参加型のパークマネジメントなどに関するプロジェクトが多い。著書に『コミュニティデザインの源流(太田出版)』、『縮充する日本(PHP新書)』、『地域ごはん日記(パイインターナショナル)』、『ケアするまちをデザインする(医学書院)』などがある。
柴田吉隆(しばた・よしたか)
株式会社日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト 主任デザイナー。1999年日立製作所入社。ATMなどのプロダクトデザインを担当ののち、デジタルサイネージや交通系ICカードを用いたサービスの開発を担当。2009年からは、顧客協創スタイルによる業務改革に従事。その後、サービスデザイン領域を立ち上げ、現在は、デザイン的アプローチで形成したビジョンによって社会イノベーションのあり方を考察する、ビジョンデザインプロジェクトのリーダーを務める。
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