「第1回:文化と文明。」はこちら>
「第2回:アグレッシブ・ジャパン。」はこちら>

どうやって異文化に接するべきなのかということですが、大前提として、まず本当にわかるっていうことはない、と思っていたほうがいい。なるべく異文化を理解して自分の中に取り入れることは大切ですが、「文明」ではない以上、完全な文化理解というのは容易ではない。まずは、そういう理解できないものが「文化」だ、という構えが必要だと思います。

そしてもうひとつ、「文化」は“良し悪し”ではないということ。単に違うだけです。価値判断の対象にしてはいけません。「文明」には、結構“良し悪し”の面があって、「遅れてる」とか、「デベロッピングカントリー(途上国)」とか言われたりする。下水道は、整備されてたほうが伝染病も少なくなるし、衛生的だし、全体の環境に対するコストも小さくなるし、いいに決まっているわけで、これは“良し悪し”でしょう。ところが「文化」は“好き嫌い”で、好きな人は好きだけれど、嫌いな人は嫌いだというその違いが大前提で、今の2つを前提に異文化と接する、理解することが大切です。

本来、単に違うだけで“好き嫌い”の問題なのに、それを無理やり“良し悪し”でどっちがすぐれているのかといったことを言い出す人がいます。要するに、「文化」を「文明」に強制翻訳しているわけです。最悪のケースがナチスドイツのヒトラーみたいな話なんですけれども。これが大体の間違いのもとなので、「結局はわかり合えないよな」「しょせんは違うだけだよね」と思っている方がいい。

僕は基本的に、自分の「文化」を殺して、相手の「文化」を理解して合わせるという行動は、取らないほうがいいと思っています。それは、もし相手の「文化」を完全に理解できたらすごいうまく対応できるのかもしれませんが、それは無理があるし、結局は自分の「文化」が出てしまう。

例えば、日本人は「つまらないものですが」と手土産を渡します。これ、中国人に対しては失礼極まりないことで、典型的な異文化問題だと思うんです。「わざわざつまらないものを持ってきたんですか」となる。向こうは嫌な顔をするわけですが、こういう時に僕は「いや、日本だとね、本当はいろいろ考えて選んで持ってきたんですけど、“つまらないものですが”って言うんです。中国だとやっぱり変な感じですか」と聞くようにしています。「いや、それはすごい変です」と返される。「日本だと、何でみんなそういう行動を取るかっていうと……」というように、「文化」が違う者同士でなぜ違うのかという対話が始まる。こういう話はわりとみんな好きですから話がはずみます。異文化理解にもつながって、僕はいいと思うんです。

無理やり相手の「文化」を理解して、それに沿った行動をしようとすると、こういう面白い対話とか、体験で相手を理解するという機会を殺しちゃうことになります。相手の「文化」がどんなものかを理解しようとする気持ちも大切ですが、もっと大切なのは、意外なコンフリクト(対立)が発生したときに、「日本の文化ってこういうものなんです」と言語的に説明できる能力です。

「文化」は、中にいる分には気持ちのいい水や空気みたいなものなので、意識的に相対化していないと言語的な説明は難しいし、それができないと異文化との対話が嫌になる場合が多いです。うまく文化をミックスさせようとしても、血液型でいえばA型とB型を合わせてもAB型にはならないようなものです。そんなことをしたら死んでしまう。嫌になったときのリアクションには2パターンあって、「もうやりとりしたくない」という拒絶パターンか、もしくは「ごめんなさい」と何か自分が劣っているかのように考えて、日本の「文化」を殺して相手の「文化」を取り入れようとするパターンです。どちらも間違っていると思います。いかに異文化同士で言語的に説明し合えるような環境を作るのかが重要です。

どんな「文化」も、根差しているのは人間にとっての便益や心地よさです。人間の本能というのはどんな「文化」の人でも同じです。腹が減ったらご飯が食べたいとか、無用な争いは避けたいとか、人に期待されると頑張ろうとするとか、相手に信頼されるとそれに報いようとするとか、そういうことは文化を問わず共通しています。人間の本能的なところ、共通しているものが、行動やコミュニケーションに表れたときに違いが出るだけなんです。相手に喜んでもらいたい、だからお土産を持っていく。これは日本も中国も同じです。それが行動に表れるときに、文化的な違いが出る。

先日、中国の大手ITネットワークサービス企業の方に頼まれて講演をした時のことです。「いや、今回はあなたのために大変に素晴らしいものをお土産に持ってまいりました」と言ってすごい大きな箱をドンとくださいました。こんな大きな箱に一体何が入っているのかなと思って箱を開けると、中にさらに小さな箱が入っていて、手のひらサイズの会社のキャラクターが京劇の俳優の格好をしているお人形が入っていました。「こんな素晴らしいものを、もうあなたはラッキーです」みたいな感じで置いていかれました。中国の文化では、相手に価値があるということをあからさまに言葉や形の大きさで示すことが善意なんですね。

画像: 異文化体験-その3 わかりあえない、それが「文化」。

楠木 建

一橋大学ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第4回:『スジ』と『量』。」はこちら>

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋大学ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

This article is a sponsored article by
''.