中西 輝政氏 京都大学名誉教授 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
中西氏と山口氏の対談の最終回では、歴史を中心としたリベラルアーツを大切にする姿勢がビジネスリーダーに必須であることを改めて確認しておきたい。そして最後に、リベラルアーツとしての歴史の愉しみ方を中西氏から教えていただいた。

「第1回:リベラルアーツが重視されてきたイギリス」はこちら>
「第2回:直感を大切にしたチャーチルと、イギリス流行動学」はこちら>
「第3回:自己の再評価を通じ、世界に貢献できる国に」はこちら>
「第4回:生きた文化としてのコモンセンスの継承」はこちら>

戦略、選択、決断を支えるリベラルアーツ

画像1: 戦略、選択、決断を支えるリベラルアーツ

山口
アメリカでも、東海岸と西海岸では状況が異なるかもしれませんが、ハーバード大学やスタンフォード大学などではリベラルアーツ教育が復権しているそうです。実学は大学院で学び、学部では歴史と哲学、芸術の授業を増やす方向にあると聞きました。日本は逆の方向に向かっているように思いますが、先生は日本のエリート養成を担ってきた京都大学で教鞭を取られてきて、今の日本におけるエリート教育やリベラルアーツ教育について、思うところもおありではないでしょうか。

中西
アメリカもそうですし、イギリスでは顕著ですが、リーダーの素養としての歴史教育は、大学よりも中等教育が重視されています。英国の場合はパブリックスクールだけでなく普通の公立学校にも素晴らしい歴史の先生が多くいて、基本的な歴史の味わい方を身につけてから大学に進むのです。そこが日本とは根本的に異なります。

山口
大学では遅いわけですね。

画像2: 戦略、選択、決断を支えるリベラルアーツ

中西
とはいえ、日本の大学でも、例えば、私の尊敬する歴史学者の一人である阿部謹也先生は、一橋大学でビジネスリーダーの養成に資する歴史教育を行い、素晴らしい歴史家もたくさん社会に送り出しておられます。そこには、ビジネスリーダーとして未来を託される人物となるためには、歴史や文化を大切にすることが不可欠であるという、明治時代の人間教育の志向が息づいています。

英国のエリート社会では、ビジネス戦略の立案において歴史の知識が欠かせないと考えられていますし、アメリカでは外交官を養成するスクールや大学、軍の士官学校などでもリベラルアーツを重視し始めています。やはり戦略立案や行動の選択、最終的な決断においては、歴史によって培われた精神的な成熟や直感力というものが大きな意味を持つということが、きちんと理解されているのでしょう。

日本のビジネスリーダーでも、例えば、次の一万円札の肖像に起用される渋沢栄一は、著作を読むと国家目標としての近代日本の発展を真剣に考えていた偉大な戦略家であったことが分かります。彼は幼い頃から四書五経や日本の国史を学び、その戦略、選択、決断の裏側には、リベラルアーツによって支えられた強靭かつ柔軟な精神がありました。そうしたことは、洋の東西を問わず、大を成したリーダーたちの共通要素であると私は思います。

山口
イギリスの歴史家、ジョン・アクトンだったと思いますが、オックスブリッジの学生が一生懸命に歴史を勉強するのは、古代の勉強をしたいのではなく人間の勉強をしているのだというふうに書いています。人間を知ることは「ヒューマニティ」に対する洞察を磨くことにつながり、人間的な成熟にも関わります。歴史というのは、人間を知るための題材としてはこれ以上ないものですね。私自身、恵まれていたと思うのは、高校が私立の付属校でしたので比較的自由で、世界史の授業が本当に面白かったことです。教科書からは常に脱線していましたが、その脱線の話から興味が広がり、先生から勧められた本を読んでさらに楽しく、興味深く歴史と付き合うことができました。歴史はケーススタディの宝庫だと、とてもポジティブな形で歴史を学ぶことができたのは幸いでした。

自分の感情や直感を大切に

画像1: 自分の感情や直感を大切に

山口
この連載の読者は、自身の学びを深めることに興味をお持ちの方々が多いと思います。最後に、歴史を学ぶうえでどんなことを意識したらよいのか、お言葉を頂けますか。

中西
歴史の学びは、歴史学者をめざす人よりも、それ以外の人にこそ役立つ学問だと私は思います。いや学問と言うより、「心の糧」にしてもらいたいものと言ったほうが良いのかな。そのためにはやはり、おもしろく、よく書けている歴史書を読んでいただきたい。難しく書かれた本を読んでも楽しくないですからね(笑)。

歴史書に限らず、本というのはやはり選択力、目利きが大事です。そうした情報をどうやって得るかということですが、図書館や書店で実際に手に取ってみることや、信頼できるコミュニティ、友人や知人などの人とのつながりの中で情報交換することも有効だと思います。

そして、読み方として大切なのは、物知りになろうと思わないことです。何か得るものがほしいと思うなら、「このことを人間一般に還元したらどういう意味を持つのか」というふうに、普遍性や通時代性を見いだすような読み方をするのがよいと思います。あるいは、歴史の登場人物に感情移入するような読み方ができれば、もちろんそれは質の良い感情移入でないといけませんが、必ず心に残り、糧とすることができるでしょう。本に対しても人間に対するのと同じように、自分の感情や直感を大切にしながら向き合っていただきたいというのが、私からのアドバイスです。

山口
ありがとうございました。そうした読み方ができれば、ヒューマニティへの洞察が深められる、本居宣長が言うところの、「もののあはれを知る」ことができますね。

画像2: 自分の感情や直感を大切に

中西
そのとおりですね。歴史と言うと、われわれの世代は特に「史観」論争で疲弊した面が否めませんから、これからの世代の方々にはぜひ、「歴史はおもしろい」という感性を養っていただきたいと思っています。極端な言い方ですが、他人の説く史観よりも自分の感性のほうが本物だという気持ちで歴史書を愉しんでいただくことが大事だと、あえて申し上げておきます。

画像1: みずからの感性を大切に、歴史を愉しむ
その5 歴史書を「心の糧」とするための読み方

中西 輝政(なかにし てるまさ)

1947年大阪生まれ。京都大学法学部卒業、同大学大学院修士課程(国際政治学専攻)修了。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院(国際関係史専攻)修了。京都大学法学部助手、ケンブリッジ大学客員研究員、 米国スタンフォード大学客員研究員、 静岡県立大学国際関係学部教授、京都大学大学院・人間環境学研究科教授などを経て、2012年より京都大学名誉教授。 1989年佐伯賞、1990年石橋湛山賞、1997年毎日出版文化賞、山本七平賞、2003年正論大賞、2005年文藝春秋読者賞などを受賞。主な著書は、『大英帝国衰亡史』(PHP文庫、1997年)、『国民の文明史』(扶桑社、2003年)、 『本質を見抜く「考え方」』(サンマーク出版、2007年)、 『日本人として知っておきたい「世界激変」の行方』(PHP新書、2017年)、『アメリカ帝国衰亡論・序説』(幻冬舎、2017年)、『日本人として知っておきたい世界史の教訓』(育鵬社、2018年)他多数。

画像2: みずからの感性を大切に、歴史を愉しむ
その5 歴史書を「心の糧」とするための読み方

山口 周(やまぐち しゅう)

1970年東京都生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

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私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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