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中西 輝政氏 京都大学名誉教授 / 山口 周氏 独立研究者・著作家・パブリックスピーカー
歴史を知ることは、バブル景気のような危険な兆候に気づく感性を養うことになると両氏は語る。さらに中西氏が指摘するのは、歴史に裏打ちされた感性を含む、生きた文化を継承していくことが、継続的に発展する組織の条件であるという点である。

「第1回:リベラルアーツが重視されてきたイギリス」はこちら>
「第2回:直感を大切にしたチャーチルと、イギリス流行動学」はこちら>
「第3回:自己の再評価を通じ、世界に貢献できる国に」はこちら>

歴史によって養われる感性を受け継ぐ

画像1: 歴史によって養われる感性を受け継ぐ

山口
先生はケンブリッジ大学やスタンフォード大学におられたことがあり、現在は京都にお住まいですが、数百年前の建物が地域に溶け込んでいるなど、京都は世界のさまざまな都市と比べても長い歴史を誇る都市ですね。そのように長い歴史がある都市では、前回、話題にしたバブル景気との向き合い方も、東京とは違っていたでしょうね。当時私はまだ中学生か高校生でしたから、社会の状況はよく分かっていませんでしたが。

中西
そうですね。京都の人は、バブル景気のような動きを斜に構えて見る傾向があると思います。やはり長い歴史を積み重ねてきた経験から、「お祭り騒ぎには気をつけなさい」といった戒めを受け継いできたと言いますか、そうした文化があるのでしょう。

対して、日本の政治や経済の中心である東京は、新しいものやお祭り騒ぎを受け入れやすい、というよりむしろブームに乗らなくては置いていかれるような、追い立てられるような空気があるのではないでしょうか。京都駅から新幹線に乗って東京駅に降り立つと、車中でウトウトしていた私でも、何かシャキッとするような感覚を覚えますからね(笑)。

千年の都である京都と、約400年余り前の江戸開府以降、日本の実質的な中心となってきた東京は、それぞれ異なる文化を持っています。このように、二つの文化的中心があるということは、それぞれの強みを生かせる環境があるとも言えます。政治や経済のリーダーが、東京中心ではなく、京都を中心とする関西の文化や個性を生かすことも考えるようになれば、前回申し上げた自己開拓、自己の再評価に役立つかもしれません。それは逆もまた然りです。

いずれにしても、おそらくバブル景気の時代、京都の産業界では多くの人たちが、何か危ないのではないかという本能的感覚をお持ちだったですね。

山口
バブル景気というものは、17世紀のオランダで起きたチューリップバブルをはじめ、過去に何度も繰り返されてきました。最近の仮想通貨もそうかもしれませんが、京都の方々のように歴史という裏付けを持っておくことは、そのような何かきな臭い雰囲気に気づく野生的な知性と言いますか、チャーチルの歴史観からくる直感のような、ある種の感性を養うことにつながるのでしょうね。

画像2: 歴史によって養われる感性を受け継ぐ

中西
これは何か危険だ、リスクがありそうだ、という予感は、過去の経験や知識に裏打ちされた感性として持ち得ることができるものです。特に組織を率いるリーダーには、そうした感性が求められます。そして、そのような意識されない感性とは、やはり歴史に親しむ中で醸成される教養やリーダーの文化として継承されていくものだと思います。国家にも企業にも言えることですが、感性が息づく生きた文化を大切に守り、次代のリーダーやメンバーと共有していくこと、しかもそれが時代にそぐわなくなれば潔く書き換えるという勇気を持ち合わせながら継承していくことが、継続的に発展し続ける組織の条件なのだと思います。日本におけるそのような生きた文化の継承は、特に戦後、弱まってしまったのではないかと危惧しています。

イギリスのコモンセンス文化を支えてきたもの

画像: イギリスのコモンセンス文化を支えてきたもの

山口
イギリスの憲法は不成典憲法として知られていますが、株式の上場に関するルールでも日本では事細かく決められているのに対し、イギリスではほとんど示されていないそうです。要するに「良識の範囲内で」ということなのですね。このようにコモンセンスを重視する風潮もイギリスの特徴ではないでしょうか。日本でもコモンセンスは継承されてきたはずなのですが、敗戦の際に、良いものまで含めて過去の価値観を見直すことが求められました。養老孟司先生が「それまで使っていた教科書を墨で塗りつぶしたことが強烈な印象として残っている」という趣旨のことをおっしゃっていましたが、そこで生きた文化としてのコモンセンスの継承も途切れてしまった可能性があります。それをもう一度取り戻すのか、新たに形作っていくのかが問われ続けた戦後の70年だったのかもしれません。

中西
確かに戦争によって生じた大きな軋轢や矛盾については、いまだに整理しきれていない面があると思います。

一方、イギリスのコモンセンスについては、「何がコモンなんだ?」と言い出す人が現れたらどうするのか、という疑問が湧くと思いますが、そのような異論は、非常に強く、有無を言わさぬ影響力と支配力をもって抑え込みます。と言っても、最初から権力で抑え込むような排他的なことはしません。どんなに地位が低い人でも異論を唱えることはでき、その上で議論して、違うものは違うとするのがイギリス流のやり方と言えるでしょう。駆け出しの政治家が首相を目の前で面罵することさえあります。だからといって、その人を処分したりしたら、首相はたちまち国民の信認を失うことになる。そうした社会でなければ根源的なエネルギーは湧いてこないということを彼らはよく知っていて、大切にしてきたからこそ、コモンセンスの伝統も生き残ったわけです。

このような文化はアングロサクソンの社会に共通していますが、特にイギリスのエグゼクティブ層はその傾向が強いと言えます。アメリカは移民社会ですから、事細かにマニュアルで規定しておく必要性もあるのでしょう。一度マニュアル化してしまえばそれが共通認識となり、議論は不要になります。ただ、それによって失うものがあるということを、特にイギリス人はよく理解しているのです。私の経験から言うと、アメリカでも東部の名門大学、イェール大学やプリンストン大学などの一部の学部には、そうしたイギリスに似た文化があります。コモンセンス文化とマニュアル文化の両方を有していることが、アメリカの強さなのかもしれません。

画像1: みずからの感性を大切に、歴史を愉しむ
その4 生きた文化としてのコモンセンスの継承

中西 輝政(なかにし てるまさ)

1947年大阪生まれ。京都大学法学部卒業、同大学大学院修士課程(国際政治学専攻)修了。英国ケンブリッジ大学歴史学部大学院(国際関係史専攻)修了。京都大学法学部助手、ケンブリッジ大学客員研究員、 米国スタンフォード大学客員研究員、 静岡県立大学国際関係学部教授、京都大学大学院・人間環境学研究科教授などを経て、2012年より京都大学名誉教授。 1989年佐伯賞、1990年石橋湛山賞、1997年毎日出版文化賞、山本七平賞、2003年正論大賞、2005年文藝春秋読者賞などを受賞。主な著書は、『大英帝国衰亡史』(PHP文庫、1997年)、『国民の文明史』(扶桑社、2003年)、 『本質を見抜く「考え方」』(サンマーク出版、2007年)、 『日本人として知っておきたい「世界激変」の行方』(PHP新書、2017年)、『アメリカ帝国衰亡論・序説』(幻冬舎、2017年)、『日本人として知っておきたい世界史の教訓』(育鵬社、2018年)他多数。

画像2: みずからの感性を大切に、歴史を愉しむ
その4 生きた文化としてのコモンセンスの継承

山口 周(やまぐち しゅう)

1970年東京都生まれ。独立研究者・著作家・パブリックスピーカー。電通、BCGなどで戦略策定、文化政策立案、組織開発等に従事した後、独立。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか? 』、『武器になる哲学』など。最新著は『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』(ダイヤモンド社)。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院美学美術史学専攻修了。神奈川県葉山町に在住。

「第5回:歴史書を『心の糧』とするための読み方」はこちら>

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