「第1回:『時間』という資源の特性。」はこちら>
「第2回:4ビートで生きる。」はこちら>

「時間」が見えないために、何か時間の使い方がうまいこといかないなという人は多いと思うんです。誰しも24時間しか与えられていない。論理的な帰結として、「時間」というのは強いトレードオフを強いるものなんです。だとしたら、「何をしようか」よりも、「何をしないか」の方が原理原則として有効だと思います。

例えばその2で話した(株)ファーストリテイリングの柳井さんで言うと、平日の仕事がらみの会食はほぼゼロだそうです。私はそういうことはしません、というポリシーなんですね。その分、僕が今手伝っている仕事の柱にFRMIC (Fast Retailing Management and Innovation Center)での経営人材育成があるのですが、そっちにはものすごい「時間」と労力を使っておられます。この日にやりましょうと決めると、朝8時から午後3時まで、次世代の経営幹部と会って特濃の議論をぶっ続けでやるんです。やっぱりトレードオフなんですね。柳井さんの場合4時には必ず帰る、その後は仕事をしないし会食もしない。こういうことはしないというのがあって、ああいうアスリート的な生活ができるのだと思います。

僕のトレードオフは、まずテレビを見ない。それから、お酒が飲めないので、普段は「飲みに行く」というのがない。仕事の会食はありますが、できたら朝食か昼食にしてもらっています。パーティーみたいなものは、極力出ない。友達も少ないので、私的に夜の食事に出かけるというのもほとんどない。1か月に1回ぐらいです。休日にスポーツをするということも絶無。では、その「時間」をどうしているのかといえば、僕は本を読んでいるんです。そのために、何をしないかを決めている。

「なかなか時間がなくて」という人は、まず“しない”ことをもっと充実させたらいかがでしょうか。自分にとっていちばん楽しくて、意味があると思うことに「時間」を使えるようなトレードオフの選択をしないと、スマホとかでゲームやSNSとか暇つぶしに「時間」を費やすことになります。「あなた、何をしないようにしています?」というのが、「どんなことが趣味ですか?」と聞くよりもその人のことがわかるかもしれません。

仕事の「時間」の使い方でトレードオフが難しい問題として残るのが、メールに代表されるオンラインのコミュニケーションです。その1で取り上げたポーターとノーリアの調査でも、メールが結構重要な論点として出てきています。メールでのやりとりというのが、件数が多いのでCEOも大変らしいんです。ディシジョンを伴うようなものは、人任せにできませんしね。

ある人が、「アナログデイというものを決める」という提案をしていて、僕はこれはいいソリューションかもしれないと思いました。アナログデイとデジタルデイを毎日交替で設定する。アナログデイの日には、絶対にメールを見ないし、一切電子的なコミュニケーションは取らない。それは、翌日のデジタルデイにやる。つまり、1日は見ない、次の日まとめてやる、1日は見ない、というのがいいんだという人がいて、僕もぜひやりたいと思って実験的にやってみたんです。

アナログデイ解禁の日、つまり一日空けた翌日にメールを開くと、「早く返事をくれ」とか「あれどうなっているんだ」とか催促や急ぎのメールが溜まっていまして、今の時代は即レス前提で世の中が動いているので、現実的にこれはやや難しいなあと感じました。ただ、僕は理想的には、それぐらい、もうはじめから大枠で規制をしてデジタル要素を減らしていきたいと思っているんです。

僕は、約束した「時間」に遅れないように、もちろん人間なんでミスはあるのですが、割と早めに行って待っている方なので、人にも遅れてもらいたくないというふうに思っています。時間ばっかりは取り戻せません。僕は「時間」というものの性質からして、相手にも「時間」の規律を求める方です。

「時間」を守らない人というのは、それは単にうそつきなんですけど、普通のうそつきよりももっと悪い。相手に対する「時間泥棒」です。しかも、約束を破られた相手は、取り戻しようがないわけです、流れて行っちゃうので。これは最大の迷惑です。書き物の仕事についていえば、僕はきっちりと締切を守るほうです。

原稿とか書きものは、割と早め早めに仕上げて、しかも、できたらすぐ送らずに1日ぐらい寝かして、送る直前にチェックして送るようにしています。前回お話しした4ビートのゆとりが大切。平気で約束の時間や締め切りを破る人がいますね。しかもそれをなんかこう、割とアーティスティックな特権みたいに当たり前のように。それって「私はうそつきです」「私は泥棒です」と公言しているようなものです。プロとして恥ずかしいことだと思います。締め切りが守れないような仕事は受けてはいけない。断るのも能力のうちだと心得ています。

僕は、約束を入れるとき、日時、場所が確定するまで、絶対スケジュールをブロックしません。「この日空いてますか」とか聞かれて、「はい、空いてます」と答える。そうすると、「じゃあそこで実施するか検討するので、“仮押さえ”してください」と言われることがあります。「“仮押さえ”って何ですか」と聞くと、「仮に押さえておいてください」と。たとえ“仮”で押さえても、もしキャンセルになれば僕が押さえていた「時間」は戻らないので、「日時、場所が確定したらブロックします。もしそれまでに別の案件が入ったらそちらを優先しますけれども、それでもよろしいですか」と確認して、「いいですよ」と言ってもらうようにしているんです。一度予定が決まると、それは動かしようがない制約になるわけですから。

それでも、「こちらの都合で大変申し訳ありませんが、あの約束はキャンセルさせてください」といってくる場合もあります。もちろんフォーマルな契約はしていないので、キャンセル料の請求とか取り決めはないんですが、僕はきちんと文句を言うようにしているんです。すると、「すぐに謝りに伺いたい」とか言われるので、いやそれは時間の無駄なので、お断りします、と。「それでは後日上司と伺いたいので、楠木さんのご都合のいい時間をとりあえず“仮押さえ”させてください」――。ますます頓珍漢な話になる。

約束が大切という話でいうと、僕が心底尊敬している人に高峰秀子さんがいます。昭和の大女優ですね。勝手に僕の人生の師として仰いでいます。彼女は5歳の子役時代から55歳までの50年間、何百本と出た映画の仕事で、遅刻したことが一度もないそうです。大スターなのに、約束よりものすごい早く家を出て、しかも車の運転手さんに「霊柩車みたいに、ゆっくりと走ってください」と言っていたそうです。僕も、そういう心境とリズムで仕事ができる人間になりたいと思います。

(撮影協力:六本木ヒルズライブラリー)

画像: 「時間」という平等な資源-その3 「何をするか」より、「何をしないか」。

楠木 建

一橋大学ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第4回:川の流れに身をまかせ。」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

This article is a sponsored article by
''.