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株式会社 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト 主任デザイナー 柴田吉隆
Society 5.0を具体化する。そのために必要なのは、Smartな技術を使ったソリューション提案ではなく、次の社会への議論が始められるビジョンを示すこと。手探りで始まった「ビジョンデザイン」に、そんな方向性が見えた。プロジェクトメンバーは、Society 5.0という新しい社会の新しい価値を見つけるためには、いまある社会課題の本質を見極めることが重要だと考え、さまざまな分野の方たちとの議論を繰り返した。

「第1回:議論することから始めるSociety 5.0への新しいアプローチ『ビジョンデザイン』」はこちら>

『Crisis 5.0』

――2016年にSociety 5.0の具体化という転機を迎えた「ビジョンデザイン」は、実際にどんなアクションを起こしたのでしょう。

柴田
まず、次の社会を描くためには、Society 5.0の社会課題とは何かをしっかりと捉える必要があると考えました。2010年から、「25のきざし」など、人の考え方や行動の変化の契機を洞察する活動をやってきましたが、それを発展させた活動として京都大学の先生と「2050年の社会課題」というテーマでディスカッションを始めました。霊長類、税制論、古代ローマ史、人の心のありよう、東南アジアやアフリカ社会など、さまざまな分野の先生と、これまでの社会課題やこれからの社会課題、それが生まれるメカニズムなどを議論しました。

そして、社会課題の根源が「不安」につながっているのではないかという考えに至りました。これを、これから社会に議論を促すためにもわかりやすくまとめて伝える必要があると考え、『Crisis 5.0』というレポートにまとめて発信することにしました。

画像: 『Crisis 5.0』

現代社会は、気候の変動であるとか人口の都市への集中だとか、さまざまな社会課題に直面しているわけですが、ここでは、それらを「現象」と捉えています。私たちは、この「現象」によって、人間にとって大切な生命や財産、人権やアイデンティティが脅かされることこそ、社会課題の本質だと考えました。これを3つの喪失としてまとめたのが、『Crisis 5.0』です。

3つの喪失とは、まず「信じるものがなくなる」。人類は古来より、未来は今より良い社会であるということを信じてきましたが、この永らく信じてきたモデルが揺らいでいるということです。2つめは「頼るものがなくなる」。日本においては、これまで国という大きな頼ることができる存在があったわけですが、これも、人口構造の変化やグローバル化などの影響で、必ずしも私たちの生活の広い範囲を将来にわたって守ってくれるかというと、それも揺らいでいると言わざるを得ない。そして最後は、AIやロボットなどによる自動化・効率化が進むことで「やることがなくなる」。

もちろん、将来を悲観するためにこれをまとめたわけではありません。答えがひとつではない複雑な社会課題に取り組むときに、私たちを脅かす不安、危機というものを明確化し、克服すべきポイントを整理する。まずは、社会課題に対する自分たちなりの考え方を持つということが、スタート地点になると思って作ったのが『Crisis 5.0』です。「ビジョンデザインプロジェクト」では、Society 5.0の社会システムが、これらの課題解決を対象にしていくことになると思っています。

『FUTURE TRUST』

――いま取り組まれているテーマはありますか。

今は、『Crisis 5.0』の「信じるものがなくなる」「頼るものがなくなる」ということから、『FUTURE TRUST』というテーマに取り組んでいます。いろいろなデジタルの技術が生活の至る所まで浸透してきたときに、人と人とのつながり方であるとか、人と物、人と組織のつながり方が大きく変わっていきます。そうすると信頼の築かれ方が変わるのではないかと考えました。このテーマを探求することは、利便性の追求とは異なる社会の軸になりますし、さまざまな社会的コストを下げることにもつながります。これからの社会システムを考える上ですごくプラスになると思っています。

そして、これからの信頼の形を考えることが、将来社会に向けたデザインの役割なのではないか、という私たちの考えに賛同してくれたデザインコンサルティング会社である「Method」のロンドンスタジオと一緒に、『FUTURE TRUST』のプロジェクトを起こしました。

世界で活躍するさまざまな領域の実践者や有識者との議論をもとに、私たちは信頼の形の異なる3つの世界を設定しました。1つは「Centralised & Curated」。ここでは、大企業や街のような中央的な組織に対して、人々が全幅の信頼を置き、自分に関するあらゆるデータを委ね、個人ごとに完璧にカスタマイズされたサービスを受けています。2つ目は「Distributed & Autonomous」。1つ目の世界とは対照的に、人々は小さなコミュニティに閉じた信頼を構築し、自律的なサービスを運営しています。最後は「Decentralised & Transparent」。ここでは見知らぬ個人同士が、自身のデータを開示し合うことで1対1の信頼をうまく構築しています。

これらはいずれも極端な世界ですが、これらの世界がどのように成り立っているのかを考えることで、将来の社会システムが備えるべき役割のヒントが得られると思っています。私たちは「未来考古学」と呼んで、これらの特徴的な信頼が形成されている社会で、人々が日常的に使っている“モノ”を想像して、アーティファクトと呼んでいる日用品のプロトタイプをつくることで、そこからさらに社会への発想を広げていくことを試みました。

   

画像: アーティファクト Personalised meal bar (Centralised & Curated) 提供されたユーザー情報をもとに、必要な栄養素のみならず、食べるタイミングまで個人向けにカスタマイズされている。

アーティファクト
Personalised meal bar (Centralised & Curated)
提供されたユーザー情報をもとに、必要な栄養素のみならず、食べるタイミングまで個人向けにカスタマイズされている。

画像: アーティファクト Locally printed medicine(Distributed &Autonomous) コミュニティ内で製造された薬は、その変わった形状から、自分の地域のものであることが地域の人には一目で分かる。

アーティファクト
Locally printed medicine(Distributed &Autonomous)
コミュニティ内で製造された薬は、その変わった形状から、自分の地域のものであることが地域の人には一目で分かる。

画像: アーティファクト Connected ID card(Decentralised & Transparent) 型にはまらない単発仕事をするギグワーカーのIDカードは、そのとき行っている仕事に合わせて実績やスキルの表示が切り替わり、相手に伝わる。

アーティファクト
Connected ID card(Decentralised & Transparent)
型にはまらない単発仕事をするギグワーカーのIDカードは、そのとき行っている仕事に合わせて実績やスキルの表示が切り替わり、相手に伝わる。

たとえばDistributed & Autonomousの世界のアーティファクトとして、コミュニティ内で作られた錠剤を作りました。この薬は3Dプリンターで作られたとても変わった形をしていて、このコミュニティに属する人であれば、その形を見ることで、一目で自分の街の薬だとわかるというものです。いまの世界では、製薬会社のロゴやパッケージが薬への信頼につながっているかもしれませんが、この世界では自分たちだけが共有している暗号のようなものが、プロダクトに備わっていることが信頼につながっているんです。そう考えると、なんとなくこの世界の人々の生活が少し見える気がしませんか?

「Method」とは、これらのコンテンツを発信したのち、共同でトークイベントも開催しました。また日立では、信頼についていろいろな人たちと議論するために、大学などで信頼をテーマにしたワークショップを開催し、新しいアーティファクトを一緒に作っています。面白かったのは、信号機のアーティファクトが出てきたときです。信号機は赤と青で交通を制御しますが、その周りには旗を持って子どもたちの安全を守っている人がいたりします。こういった個人の頑張りを、地域全員でシェアすることを促すような役割を信号機に担わせることができないか、と考えた学生さんがいたのです。この問いは、将来の社会システムの役割を考えるうえで、大切な気づきを与えてくれていると思うんですよね。

ほかにも2030年には当たり前になっているかもしれない情報銀行や電子地域通貨などが、これから新しい社会の基盤になるといわれていますが、まだ形が定まっていないものに関して、私たちなりのオルタナティブを示して、そこの議論を活性化したいと思っています。例えば、情報銀行の場合、個人が自分のデータを預けて、それがどこかで活用されて、その対価が支払われるというモデルで語られることが多いように思いますが、私たちが描いたシナリオでは、見知らぬ他者との信頼を築くための情報開示を、安全かつ便利に行う基盤として描いています。ここで一番描きたかったのは、人々が自分自身のためにデータを使うシーンなんですよ。データを扱うためのIT基盤ができても、人々がデータを扱う習慣が生まれなければ、データのやり取りは起きないですからね。

ビジョンデザインの次のテーマは『創造性』

――「信頼」の次のテーマは見つかっていますか。

柴田
信頼と同時に考えるべきテーマとして、『創造性』を考えています。人々が技術や情報を自分で使いこなして、自分たちの活動の可能性を広げていく。そんな市民の創造性が発揮される社会を、信頼と創造性を軸に描けたらと思っています。

画像: ビジョンという仮説の中から、次の社会のヒントを探す。
【第2回】社会課題を広く深く議論することで、新しい価値を探す。

柴田吉隆(しばた・よしたか)

株式会社日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト 主任デザイナー。1999年日立製作所入社。ATMなどのプロダクトデザインを担当ののち、デジタルサイネージや交通系ICカードを用いたサービスの開発を担当。2009年からは、顧客協創スタイルによる業務改革に従事。その後、サービスデザイン領域を立ち上げ、現在は、デザイン的アプローチで形成したビジョンによって社会イノベーションのあり方を考察する、ビジョンデザインプロジェクトのリーダーを務める。

「第3回:地域の中で「ビジョンデザイン」を実践し、考える。」はこちら>

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