株式会社 日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト 主任デザイナー 柴田吉隆
複雑化する社会課題に、一発回答はない。それなら徹底的にその課題について議論し、仮説を立て、さらに議論することで新しい価値を探求する。それが「ビジョンデザイン」だ。今その実践として、小さな、しかしとても重要なトライアルが動き出している。そして、そんな人や企業とのコラボレーションを積極的に行うための『協創の森』という場も、新たに動き出した。

「第1回:議論することから始めるSociety5.0への新しいアプローチ『ビジョンデザイン』」はこちら>
「第2回:社会課題を広く深く議論することで、新しい価値を探す。」はこちら>

実践でビジョンを探索するフューチャーリビングラボ

――ビジョンデザインを、研究だけではなく実践している試みはありますか。

柴田
これまでお話したような、ビジョンを発信していくことに関して、これまでもいろんな企業の方に興味を持っていただき、ディスカッションをさせていただきました。その上で、やっぱり議論していくだけじゃなくて、実践も行いながら探索をしていこうということで、地域の方と一緒に、新しい社会で大切にされるべき価値を考え、作り出すという活動を始め、フューチャーリビングラボと呼んでいます。

ビジョンの議論にはたくさんの発見があるのですが、やっぱり実際の場でやっていくと全然意味が違ってきます。本当にそれが理解されるのかという面もそうですし、どういう方と協働するとそれができるのかということもそうです。市民が技術を使いこなそうというときに、技術がリードし過ぎると生活の中に入っていくのに時間がかかってしまうことも多い。リアルなフィールドでやらせてもらうことで、考えなくてはいけないことがたくさんあるということを、すごく実感しています。

画像: 実践でビジョンを探索するフューチャーリビングラボ

国分寺の農畜産物の地産地消活動『こくベジ』との協創

――フューチャーリビングラボの具体的な活動を教えてください。

柴田
2019年の4月に、私たちは今の国分寺オフィスに越してきたわけですが、せっかく国分寺に移るのであれば、国分寺でしかできないことをやりたいと思っていました。それが、ビジョンの地域での実証を通じて新しい価値を探索するということでした。そこで、1年前から国分寺の方にこちらからアプローチをかけて、幸運にも出会えたのが「こくベジ」のメンバーです。

「こくベジ」というのは、国分寺で採れた農畜産物を、国分寺の飲食店がそれぞれオリジナル料理にして提供するという、今年で4年目に入った地産地消の活動です。近隣の方や国分寺を訪れる方にもかなり定着し、「こくベジ」料理を出す飲食店も22店舗から110店舗に広がっています。

「こくベジ」のメンバーは、出会った当初は、日立という名前を聞いて、自分たちの手が回らない、業務を効率化しなきゃいけない部分の解決を頼めるのではないかという期待もあったかもしれません。しかし、私たちとしてはそこではなくて、皆さんが一番大事にしている地域の新しい価値を強めていくということを、一緒にやりたいのですということを伝えました。

最初は何ができるかわからないので、「こくベジ」の関係者の話を聞いたり、農家さんともいろんな話をしたりしました。その中で印象的だったのは、「私たちは競争力のあるブランド野菜を作りたいわけではなくて、地域の文化を作りたいんだ」という話でした。地域のものを地域で消費することの良さを理解できる心を育むということに、私たちも深く共感しました。

皆さんと一緒にアイデア出しをしていく中で出てきたのが、「つれてって、たべる。わたしの野菜」という企画です。普段市民の方が「こくベジ」にどう参加されるのかというと、国分寺の飲食店に行き「こくベジ」メニューを食べることで参加されるわけです。この参加の仕方、農家→飲食店→市民という流れを、順番を変えて、農家→市民→飲食店に変えたらどうだろう、というアイデアが出ました。地産地消のシステムの真ん中に市民に立ってもらうことで、市民にとっての地産地消の意味が変わるのではないかと考えたのです。それなら、市民の方に食べたい野菜を選んで飲食店まで運んでもらって、運んだ先の飲食店で調理して食べてもらうことができたら、地産地消の捉え方が少し変わるのではないか。

そして、農家さんや飲食店さんにご協力をいただいて、実際にイベントを開催しました。私たちは、食べたい野菜から飲食店を選び、飲食店までのルート案内をするスマートフォン用のウェブアプリケーション、ポスターや飲食店で使ってもらうランチョンマットなど、サービスに必要なあらゆるものを「こくベジ」のメンバーとともに作りました。

印象的だったのは、このイベントのために野菜の姿を活かした特別なメニューを考えてくださった飲食店さんがいたことと、野菜をつくった農家さんが飲食店へ食事に来てくれたことですね。野菜を育てた人、調理をする人、両者をつないで料理を食べる人が一堂に会した贅沢な場は、国分寺という地域が持つ将来に向けた大きな可能性を感じました。

画像: 国分寺の農畜産物の地産地消活動『こくベジ』との協創

『協創の森』という新しい場

――こういった経験や、「ビジョンデザイン」は、日立のビジネスにどう生かされるのでしょう。

柴田
「こくベジ」の活動をはじめとするフューチャーリビングラボは、今まで日立がやってきた大きな仕組みを作っていくという事業とは全然違うなと感じています。地域の方と小さな仕組みを作って、顔が見える形でその反応が見られるというのは、活動を通じて学べるものが違います。

確かにフューチャーリビングラボが、すぐに日立のビジネスにつながるかといえば、そこにはまだまだ距離があるというのが現状です。しかし、こういった活動をしていることにすごく興味を持ってくれるお客さまもたくさんいます。日立のお客さまは、地場でインフラを支えているところが多いので、そういう方々は大きな企業が地域の課題にどう向き合っていくかということをすごく真剣に考えられていて、日立がそんな新しい社会に向けた価値の探索を地域でやっているということをお話しすると、すごく興味を持っていただけます。

地域の活動に、日立や日立のお客さまといった大きなリソースがしっかりと入っていくことで、生まれる社会像というものもあると思います。大規模なシステムを導入するのとは違った形で、今まで顧客としてお付き合いしていた企業と、新たにどういう協創ができるのかを探っていくということも私たちの仕事だと考えています。そういう形で日立のビジネスへ貢献していきます。

まず、新しい社会システムとしてどういうものがこれから求められて、そこで日立が何を提供していくのかということを考えていく。それと同時に、それは日立単独でできることではないので、地域の企業や市民の方々とどのように組むのが良いのかを考えていくことも重要だと思います。

――そういうさまざまな人や企業との協創の場として今年4月にオープンしたのが、ここ国分寺の『協創の森』だと伺っています。柴田さんはここを、どんな場にしていきたいとお考えですか。

画像1: 撮影:吉村昌也

撮影:吉村昌也

画像2: 撮影:吉村昌也

撮影:吉村昌也

柴田
『協創の森』というこの施設ができるまで、ここは日立中央研究所という閉じた世界で、最先端の技術を研究・開発する場所でした。そこをオープンにしていこう、協創の場にしていこうというのは、これからは日立だけではできないことに挑むという意思表明でもあります。

ここにあるフロアは、私たちとコラボレーションをしてくれる人たちがオープンに入れる場所になっていて、グランドチャレンジと呼んでいるいくつかの協創プロジェクトがすでに動いています。フューチャーリビングラボもそのうちのひとつで、先日もコラボレーションパートナーである国分寺市役所の方とSociety 5.0の勉強会をしました。そのあと、市の若い職員の人たちもこの部屋にお招きして、雑談を交えながら国分寺市のいろんな課題であるとか、新しい取り組みの話しをさせていただきました。

繰り返しになりますが、Society 5.0の社会課題は、日立だけで解決できる問題ではなくなっているし、研究としてもそういう問題設定ではなくなっていることは確かです。外の方にどんどん入ってきていただいて、話し合いながら実際にフィールドで試していくことをやらなければいけないと思います。そういう意味ではすごくいいオフィスができたので、オープンな協創の日立のスタイルというものを作って、それを日立グループの中に広めていきたいと思います。

画像: ビジョンという仮説の中から、次の社会のヒントを探す。
【第3回】地域の中で「ビジョンデザイン」を実践し、考える。

柴田吉隆(しばた・よしたか)

株式会社日立製作所 研究開発グループ 東京社会イノベーション協創センタ ビジョンデザインプロジェクト 主任デザイナー。1999年日立製作所入社。ATMなどのプロダクトデザインを担当ののち、デジタルサイネージや交通系ICカードを用いたサービスの開発を担当。2009年からは、顧客協創スタイルによる業務改革に従事。その後、サービスデザイン領域を立ち上げ、現在は、デザイン的アプローチで形成したビジョンによって社会イノベーションのあり方を考察する、ビジョンデザインプロジェクトのリーダーを務める。

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