「第1回:「ヨ族」と「ス族」の価値基準。」はこちら>

では、なぜこのところ、「ヨ族(良し悪し族)」が「ス族(好き嫌い族)」を圧迫しているのか。元も子もない理由としては、社会の進歩があります。昔の日本では裁判沙汰、それ自体忌むべきことで、裁判所とか司法とかには関わらない人生のほうがいいという意識がありました。しかし、現代は法治国家であり、法化社会です。いろいろな人間がいれば争い事は当然あるわけで、そういうときはちゃんと法律にのっとってやりましょうという考え方が広がってきた。法律というのは「良し悪し」の親玉なので、そうした「法化社会」への進歩が「ヨ族」を増やすというのはあると思います。

社会進歩はごく自然なトレンドなのですが、昨近の強い理由として、情報を共有したり流通させるためのコストが、インターネットが普及し始めて大幅に下がったことが挙げられます。インターネットのニュースなどで、本来自分とは関係のない人の意見などを目にする数がものすごく増えました。

最近、僕が嫌だなと思う言葉に「ポリティカル・コレクトネス」があります。「ポリコレ」ですね。政治家でもないのに、ある事象とか意見に、これは正しいのか正しくないのか反応する。その典型がSNSでの意見表明です。自分が「正しい」のかどうかをやたらに気にしたり、自分と違う意見を見つけると反射的に否定したくなる。しかも、Twitterなら140字で反応できる。

その結果、関係ないことにすごく怒る人とかが出てくる。その人は「良し悪し」基準で物事をとらえていて、極論をすれば、正義感みたいなものを持って何かを言っているわけですが、一歩引いて考えてみると、それはほとんどの場合、個人の「好き嫌い」に過ぎないんですね。何かにつけて本来「好き嫌い」の次元にあるものを「良し悪し」に強制翻訳してしまう。これが「ヨ族」の特徴です。

僕は、多様性の源泉というのは、「好き嫌い」にあると思うんです。個人の、もしくは企業の「好き嫌い」、これで多様な社会が成立するんです。しかし「ヨ族」は、これからの社会にはダイバーシティが重要だ、ダイバーシティは良いことだと言いながら、その実、多様性を認めないみたいなことを言ったりやったりしています。

わかりやすい例が、「夫婦別姓」に関する議論です。僕は、この「夫婦別姓」に反対する人がいるというのがどうしても理解できないんです。もし別姓のほうが望ましいと思う方、別姓のほうがお好きな方は別姓でオーケーですというだけじゃないですか。「良し悪し」ではなく「好き嫌い」で自由に選べばいいだけの話です。僕は選択肢を与えられたら、「夫婦同姓」を選ぶと思います。ただ、それは僕の「好き嫌い」なんで、まったく他人に強制するつもりはありません。「夫婦別姓」に反対する人は、伝統的な価値観の崩壊とか、家族の崩壊とか、一生懸命それがよろしくない理由を述べますが、なんかすごく無理があるなと思います。この辺の、無理が通れば道理が引っ込んじゃうのが、「ヨ族」の不思議なところです。

その一方で、「逆ヨ族」という人が出てくる。「夫婦別姓」こそが良いことであって、あなたはなぜ、いまだに同姓なんかにしてるの、そんなのは間違っている。なんか、女性の自由を侵害してるみたいな。これまた、「ヨ族」であることは同じなんです。つまり、伝統的な日本の家庭の価値観が崩壊するという人も、妻に同姓を強要するのは許せないという人も、どっちも「ヨ族」なんです。

僕は、世の中というのは選択肢が多いほうがいいと思っています。その辺が「ス族」たる理由なんですが、選択肢がないと自分の「好き嫌い」が反映しにくい。議論してる対象が、「良し悪し」の基準で切れるものなのかどうかを一度考えてみることが必要だと思います。

画像: 「良し悪し族」対「好き嫌い族」-その2
「ヨ族」が増殖する理由。

楠木 建
一橋大学ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第3回:“残念です”を多用する『ヨ族』。」はこちら>

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