この3月に、『すべては「好き嫌い」から始まる 仕事を自由にする思考法』という本を出版しました。今回は、この本で書いた、僕の問題意識についてお話ししたいと思います。

僕は、人間には「良し悪し族」と「好き嫌い族」という2つのタイプがいると思っています。ちょっと長いので、略して「ヨ族(良し悪し族)」と「ス族(好き嫌い族)」。これは、その人の価値基準の在り方に注目した分類です。人間は誰でも何かの価値基準を持って考え判断し選択し行動しています。その人をその人たらしめているものの正体、これがその人の価値基準です。価値基準は、生活にしても仕事にしても、その人のOSのような役割を果たしていると思うんです。

「良し悪し」と「好き嫌い」、これはいずれも価値基準ですが、両者の違いは普遍性にあります。「良し悪し」というのは、社会でかなり普遍的なコンセンサスが取れている価値観を意味しています。究極的には“法”で定義されているようなものです。法が規定する「良し悪し」は、議会制民主主義を通じて形成されたコンセンサスとして明文化されているものです。日本だけでなくほとんどの国や地域では、殺人は「悪いこと」であり、個人の好き嫌いの介在する余地はありません。

そこまで法的に明文化されていないけれども、かなり普遍的な価値観もあります。きちんと時間に間に合うことは良いことで、遅刻は悪いことである。なぜならば人に迷惑を掛けるから。みたいなものですね。「良し悪し」の基準が社会のコンセンサスとなっている。

それがもうちょっと局所的、つまりローカルになってくると、ある会社の中で共有されている価値基準――企業文化といってもよいと思います――は、その会社の中では「良し悪し」となります。うちの会社ではこういう価値観なんで、こういうことがいいことで、こういうことが悪いことであると。ところがそれは、「遅刻はいけません」に比べると普遍性がない。たとえば日立の企業文化と、電通の企業文化は違いますよね。日立の中での良いことが、電通の人たちには良くないことかもしれません。逆もまた真なりです。組織の中で「良し悪し」として共有されていても、外から見ると普遍性がない。すなわち、個別組織の「好き嫌い」ということです。

さらに局所化を突き詰めるとそれは個人の「好き嫌い」になる。天丼とカツ丼どっちが好きか。私はカツ丼のほうが好きです、いやいや僕は天丼のほうが好きですというのは、あからさまな「好き嫌い」です。日立の中にも、天丼が好きな人もいれば、カツ丼が好きな人もいると思うんです。これが、日立の人間は全員カツ丼が好きだったら、ちょっとヘンですよね。ポイントは、個人に局所化された「好き嫌い」には、「良し悪し」のような普遍性がないということです。

氷山にたとえれば、水面上に顔を出している部分、これがみんなに共有されている普遍的な「良し悪し」です。その下に、個人もしくはある組織に固有の「好き嫌い」ゾーンが広がってる。「ヨ族」の人たちは、この水面がなるべく低いほうがいい“水面押し下げ派”なんです。極力、事前にルールを設定して、物事が「良し悪し」で判断できるようにするのがいい、そのほうがよりよい社会だと考える。

一方で「ス族」は、“水面押し上げ派”です。社会である以上、絶対に一定の「良し悪し」は必要だけれども、個人の「好き嫌い」で判断できるいろいろな人間がいる方が、社会として健康だろうという考え方です。僕は断然「ス族」です。

この水面を巡って、いつの時代も「ス族」と「ヨ族」のせめぎ合いがあるわけですが、ここのところ「ス族」の分が悪いような気がしています。なんか「ヨ族」がずいぶんはびこってでかい面をしている。これがどうにも「ス族」としては迷惑な話で、この辺が僕が『すべては「好き嫌い」から始まる』という本を書いた問題意識なんです。

たとえば、ベイスターズファンの人が、ジャイアンツファンの人に、「ジャイアンツとベイスターズ、どっちがいい球団だと思う?」と聞くとします。ジャイアンツファンは間違いなく「ジャイアンツのほうがいい球団だよ」と言いますよね。そこで「ス族」はジャイアンツもいいのかな、なんて別に思わないし、ベイスターズファンになれよと強制もしない。ジャイアンツファンがジャイアンツを応援するのを邪魔しないし、ジャイアンツファンを尊重する。そして、相手にも同じような行動を期待する。これが僕の考える「ス族」の世界です。一人ひとりが自分の「好き嫌い」を持っていて、相手の「好き嫌い」に関しては放置なんだけど尊重はする、というのがいい社会、成熟した社会なんじゃないかなと僕は思ってるんです。

ところが、これは良いとか、これは悪いことだっていう「良し悪し」で価値判断をしないと、どうにも気持ちの収まらない人たちがいるわけです。これが「ヨ族」。何かというと「それは間違っている」とか、「もっとこうしなきゃ駄目なんです」とか言わないと気が済まない。「ス族」の僕に言わせると、それって個人の勝手な「好き嫌い」なんじゃないの、ほっときゃイイのに……と思うことが多い。もうちょっと水面を上げて、個人の好き嫌いゾーンを増やすほうが世の中うまく回っていくのではないか、というのが今回の本に込めた僕の主張です。

画像: 「良し悪し族」対「好き嫌い族」-その1
「ヨ族」と「ス族」の価値基準。

楠木 建
一橋大学ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:『ヨ族』が増殖する理由。」はこちら>

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