PMI(Post Merger Integration)で最も重要なのは「人材マネジメント」だと、小沼氏は語る。PMIでは、理念・ビジョン、企業風土、人事制度など、人材マネジメントのためのしくみの見直しが急務となる。中でも最優先すべき、理念・ビジョン策定の進め方とは?

「第1回:デジタル・ディスラプションで変貌するクロスボーダ」はこちら>
「第2回:統合効果を早期に創出するためのPMIプロセス」はこちら>

PMIの人材マネジメントは最重要

――PMIにおける人材マネジメントの重要性についてもお聞かせください。

小沼
これまでも何度か人材の重要性を指摘してきましたが、PMIの中で人材マネジメント施策はM&Aの成功を左右する重要な施策の一つです。

M&Aが成立した初期段階では、両社の経営層、従業員はたがいに否定的な意識や感情を持っていることがよくあります。M&Aの効果が出ていない段階では、買収企業、被買収企業双方の従業員の行動や発言、仕事のやり方、新たに導入される制度やルールなどに戸惑い、否定的な気持ちになったり、怒りや恐れの感情を抱いたりすることも少なくありません。

これにより、従業員のモチベーションが低下するとともに、優秀な人材が流出して、人的資産価値が毀損される可能性があります。PMIの人材マネジメント施策では、こうしたネガティブな精神状態を、早期にポジティブな感情へと導き、目標とする統合効果を達成することで、従業員にM&Aを「受容」してもらうことが必須です。

とりわけ、デジタル・ケイパビリティにおいては、人的資産は最重要資産です。ビジネスモデルを変革するためには、AI、IoT、ビッグデータ、ロボティックスなどの技術分野のエンジニアやUX(User Experience)デザイナー、データサイエンティストなどのIT専門人材、事業開発・M&Aの専門人材が不可欠です。しかし、そうした人材は希少で、すでに争奪戦が始まっています。

したがって、デジタル関連企業を買収する場合には、当該デジタル関連企業の人材だけでなく、当該企業の周辺に形成されているエコシステム全体にまで対象を拡大してケイパビリティを創出している人材を特定し、その人をつなぎとめ、モチベートするための要件が何であるかを特定して再設計する必要があるのです。

画像: PMIの人材マネジメントは最重要

理念・ビジョンの策定を最優先すべき

――具体的には何をすべきなのでしょうか。

小沼
理念・ビジョン、企業風土、人事制度、人材マネジメントなどの制度やしくみの見直しが急務となります。特に、理念・ビジョンの策定は早急に行う必要があります。理念やビジョンは、買収される側の従業員や周辺のエコシステム内の人材の不安を払拭し、精神的な支えとなる基本のものだからです。それを踏まえて、従業員の意識をすり合わせること、すなわち意識マネジメントを早めに進めるべきです。

なお、理念とは、会社の存在意義や使命を表すもので、ときには行動規範まで含める場合もあります。一般的には、「創業の精神」はそのまま生かすことが多いでしょう。一方、ビジョンとは長期的な視点に立って会社のなりたい姿を示すものです。

特にデジタル関連企業を買収する場合には、単に買収企業側の理念をそのまま押し付けるのではなく、当該デジタル関連企業のことも考えてつくり直すことが必要になってくるかもしれません。新興のデジタル関連企業の場合、伝統的な大企業とは考え方が相当に違いますので、無理強いすれば融合する上での支障になりかねません。その場合は、経営理念はそれぞれ独立に違っていてもかまわないという考え方もあります。

――理念やビジョンはトップがつくるものなのでしょうか?

小沼
もちろんトップの関与は必須ですが、むしろ30〜40代の若手・中堅クラスが主体となるプロジェクトチームをつくって、経営層とディスカッションしながらまとめていくのがよいと思います。

経営理念やビジョンの策定は、全社の共通言語を醸成する役割を担います。特に大企業と新興のデジタル関連企業では、言語が通じず、議論が噛み合わないことも多々あります。そうした中で、若い人たちが長期ビジョンづくりに関わることで、共通言語を生み出していくことができます。

今、まさに時代は、デジタルトランスフォーメーションやミレニアム世代の台頭、インバウンドや外国人労働者の増加など、さまざまな面でターニングポイントを迎えています。変貌を遂げゆく未来を支える若い人にこそ責任ある仕事を任せて、権限を委譲していくことが重要なのではないでしょうか。

画像: 理念・ビジョンの策定を最優先すべき

デジタル関連企業のM&Aを活用して事業ポートフォリオ改革に挑む大企業

――デジタル関連企業の買収を通じて事業ポートフォリオ改革に取り組んでいる企業として、注目されている企業はありますか?

小沼
注目企業として、GE(ゼネラル・エレクトリック)が挙げられます。現在のGEの経営状態は厳しく、世の中の論調では、一連の事業構造改革は失敗と評価されていることも多いのですが、結論付けるには時期尚早と考えています。引き続き、動向や成果に注目したい取り組みですので、紹介したいと思います。

GEは「デジタル・インダストリアル・カンパニー」をめざして、2010年頃より、多数のデジタル関連企業の買収やノンコア事業の売却・撤退を通じて事業ポートフォリオの再編を進めています。

2015年に、この戦略構想を推進・実現するための中核となるべく立ち上げたのがGEデジタルです。GEデジタルでは従前からGEで定着していたシンボリックなしくみや企業風土すらもがらりと変える取り組みを行いました。元々定着していた「シックスシグマ」を導入せず、シリコンバレー的な新興企業の企業風土に適応できるよう、スタートアップ企業やソフトウエア業界で普及しているリーンスタートアップをベースに開発した「ファストワークス」という新たなしくみを導入したのです。

さらに、ファストワークスに基づいて行動を評価する「パフォーマンス・デベロップメント」という人事制度を導入しました。他の従業員にどれだけ貢献したかというチームワークが重視され、定量的な業績ではなく、定性的な能力によって評価しようという試みです。米国企業としては画期的です。

さらに、全世界共通の行動指針もデジタル時代に合わせて変更しました。すなわち、GEが企業として重視する信念を、それまでの“GE Growth Values”から“GE Beliefs”に変更しました。かつてGE Growth Valuesは全世界共通の社内バイブルでしたが、時代に沿わない表現があったり、今のデジタル世代には受けないとわかったりしたことで、時代に合った動機づけができるよう、心に訴えかけるメッセージとしてGE Beliefsに変えたのです。

デジタル関連企業買収後のPMIで、人材マネジメントや企業風土を大きく変えていく必要があるときには、こうした思い切った取り組みも必要だということでしょう。

GEは、このようなしくみは、GE本体やGEデジタルだけでなく、GEグループ全体および被買収企業にも適用・導入していく方針です。

――第1回で、GEでは企業風土や人材評価を含む人事・組織に関するデューデリジェンスを社内で行っているということでしたが。

小沼
法務や財務などに関するデューデリジェンスおよび、買収契約締結までは事業開発部門および事業部門のトップが社外専門家を活用して行います。人事・組織に関するデューデリジェンスについては、買収前から、人事系部門を中心にタスクフォースチームをつくって実施しています。

さらにインテグレーション・マネージャーと呼ばれるプロジェクトメンバーを指名して、100日をめどにPMIを完了する「100日プラン」を実施します。こうした一連の取り組みを一つのパッケージとして運用しているのです。

こうした体系的なしくみを用い、大掛かりにビジネス・ドメインを変えてきたGEの改革は、先ほども申し上げましたとおり、いまだ過渡期にあって、現在の経営は厳しい状況にあります。けっして考え方自体は間違っていないように思いますが、企業のDNAまで変えようとする大変革には大きなリスクが伴います。今後どのような成果が出てくるのか、注視していきたいと思っています。

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

画像: デジタルトランスフォーメーション時代のクロスボーダーM&Aを成功に導くPMI 
【第3回】PMIで最優先すべき理念・ビジョンの策定

小沼 靖(こぬま・やすし)
株式会社野村総合研究所 コンサルティング事業本部シニアコンサルタント/プロジェクト・コーディネーター。1958年生まれ。82年早稲田大学商学部卒業後、日系医療機器メーカーに勤務。91年イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校会計学修士(MSA)、92年サンダーバード国際経営大学院経営学修士(MBA)取得。外資系飲料メーカーを経て、野村総合研究所入社、現在に至る。著書に『日本企業型グループ・リストラクチャリング』など。

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